供の侍は、ついにたまりかねて、
「おのれ、慮外な振舞いをなすと、六波羅の糺明所(きゅうめいじょ)へ突き出すぞよ」
四郎の袴(はかま)腰(ごし)をつかんで、月輪殿の側から引きもどそうとすると、振向きざま、
「何、おれを警吏(やくにん)へ引き渡す?おもしろい、糺明所へでもどこへでも突き出してもらおうじゃねえか」
「いいおったな」
組んで捻じ伏せようとすると、
「見損なうなっ」
いきなり拳(こぶし)を侍の横顔へ見舞って、あっとよろめく腰を蹴とばした。
そして、なおもかかってくる牛飼や家(け)人(にん)たちを、ほとんど、人間視せぬほど蹴ったり投げ飛ばした揚(あげ)句(く)、そこに人垣をつくってわいわいと騒いでいる往来の者たちへ向って、
「おい見物人、めったに白昼は拝ませねえことにしている俺の面(つら)を、今日はぞんぶんに見せてやる、よく見覚えておけば何かの時の徳になろう、俺こそは天城四郎という賊の頭領(かしら)だ」
傲(ごう)然(ぜん)と見得を切って――さらにまた、
「月輪殿へ忠義立てしてえ奴は、今のうちに、六波羅の警吏(やくにん)へ訴えてやるがいい。――だが一言(ひとこと)断っておくが、俺が今日ここへ来たのは、決して、押込に来たのでなし、強請かたりに来たのでもない。ただ月輪殿に会って、談合(はな)したい事件(こと)があって、それも前々から手紙をよこしたうえで来ているのだ。ところが、なんのかのといって、会わせねえから、ここで当人を捕えたという仔細。――いったいこれが何の罪になるかよっ!往来人に一つ聞きてえものだ!しかもだ、その相談というのは、この館の愛(まな)娘(むすめ)と、さる坊主との間に忌(いま)わしい噂が立っている。その坊主とかくいう四郎とは、切っても切れない宿縁があるところから、その喧(やかま)しい問題に、一つ思案の口を利(き)こうと思うてやってきたのに――その親切気をも無にしやがって、この剣もほろろの扱いはどうだ。怒る方が無理か、木戸を突く奴が無理か」
喚(わめ)きたてて、暗に、事あれかしな群衆の心理を扇動(せんどう)し、かたがた、自己の目的をとげようという四郎の狡獪(こうかい)な陰険なゆすりの手段は、思わず身の毛をよだたせる。
往来人は、彼にそういわれると、めったにそこを去ったら六波羅へ密告に言った奴と睨まれるかと、後難を怖れてただ釘づけになっていた。
しかし、その隙(すき)に、かんじんな月輪殿が、彼をおいて、門のうちへ隠れこんでしまったのでふと、気がついた四郎は、再び火の玉のような怒気を燃やして、
「あっ、逃げやがったな」
立ちふさがる家来たちを、縦横にふりとばしながら邸内へ暴れこんで、
「会わせろ、禅閤がどうしても会えないならば、姫に会おう、俺が何で来たかは、姫に話してやる、まず、侍女(かしずき)の万(まで)野(の)という女を出せ」
前栽に突っ立ちながら、奥殿のうちまで鳴りわたるような声していつまでもどなっていた。
ところへ、誰か急を訴えたとみえ、六波羅侍(ざむらい)が四、五人、馬で駈けつけてくるがはやいか、群衆を追って、門前でひらりと鞍から降りた。
邸内にはまだ四郎のわめくのが、聞えているのである。