二尺ほど開けた戸の隙から、霰(あられ)を持って山風がふきこんで、庵室のうちは、炉の赤い焔に、大きく明滅を描いた。
「あっ?」
……鮮やかに二つの白い顔が見えた。
あまりにも、この冬の夜や、世を離れた庵室に、ふさわしくない女性たちである。
(閉めようか)住蓮は、ふと、一瞬にそう惑った。
――何か怖ろしい悪魔でも見うけたように慄(おのの)きが背を走った。
「どなたじゃ?あなたがたは」
そういう声までが、われ知らず、尖(とが)っていた。
「おわすれでございましたか――」
と、松虫がいう。
「私たちは、この夏ごろ、法勝寺のお広間で、専修念仏をあそばされた時、お目にかかりました、あの松虫の局(つぼね)と鈴虫の局の二人でございますが」
「オオ」住蓮は、外をじっと見て、
「ちがいない。あの折のお二方じゃな。……したが、時ならぬこの夜中、しかも、御所にお仕えするあなた方が、何で、かような山路を辿(たど)ってござったか」
「それを聞いていただきたいばかりに、鈴虫様と、一心をこめて、ここへ参りました。くわしいことは、上がってお話し申しますから、ご縁の端にでも、座をおゆるし下さいませ」
住蓮は、振向いて、
「安楽房、どうしたものであろう?……」
「どうといって、まさか」
「そうじゃの、この寒い夜を越されて来たものを、追い返すことも」
「仏の御心(みこころ)であるまい」
「うむ」
何か、囁(ささや)き合っていたが、やがて躊躇(ためら)いを払って、
「どうぞ」
改めて、礼儀をし直した。
被衣(かずき)を脱ぐ二人の上臈(じょうろう)めいてしなやかな手から霰(あられ)がこぼれた。
――住蓮も安楽も、その匂わしい麗姿(れいし)に眼をそむけた。
見ているには、あまりに美し過ぎるからである。
「霰が、こぼれ出したと見えますの。――さぞ、お寒かったであろうに」
「おそれ入りますが、井水(いみず)はどこにございましょうか」
「水?……水を何に遊ばすのか」
「足を洗うのでございます」
「えっ。……では裸足で?」
「裸足でここまで……」
住蓮も安楽も、顔を見あわせてしまったのである。
何かの仔細で、たとえ夜を冒(おか)して来たにしても、供の者や輦(くるま)を待たせてあるのであろうと想像していたのに、裸足できたとは?――しかも――内裏(だいり)の奥ふかくに住む上臈が。
(これは、ただ事ではないぞ)住蓮は、友へ、眼をもっていったが、もう遅かった。
上がれとゆるしてしまったものを、急に、戸を閉めるわけにもゆかない。
やむなく、ふたりを導いて、裏の筧(かけひ)で足を洗わせ、そして炉のそばへ誘うと、凍えきった鈴虫は、恥かしさも、遠慮もわすれて、炎のそばへ、辷(すべ)り寄った。
松虫も、おののく手を、榾(ほた)の火にくべるようにかざした。
紅玉を透かして見るように、その指の一つ一つが、美麗だった。
安楽房は、何かすばらしい名工の細工物でも見るようにその手に見恍(みと)れていた。
住蓮は、黙っていた。
ふたりもしばらくは言葉も出ないのであった。