人々は驚き怪しんだ。
その無数の眼につつまれていることも忘れて、四郎は、手放しで泣きじゃくった。
「なんじゃ」
「どうしたのか」
そのうちに、誰ともなく、
「あれは、天城四郎とよぶ、強賊だそうな」
「えっ、賊?」
――法話はすでに終っている。
暮色につつまれた禅房のむしろは、その混雑と、不審な男のあらわれに、いつまでもがやがやしていたが、やがて一人の法師が来て、泣きじゃくっている四郎の手を取り、宥(なだ)めながらどこかへ連れて行った。
今までとはまるで違って、しいんとした一室に、短檠(たんけい)の灯だけが、ボッと橙色の小さな光を立てていた。
「ここで、お待ちなされませ」
法師がいうと、
「はい」
四郎は、顔も上げ得ないで、まだ何か嘆いている。
ほど経て、静かな跫音(あしおと)がしてきた。
四郎はうしろの戸があくと、怖(お)じるように隅へ身を退いた。
「オウ、久しぶりのう」
先ほど、法話の壇にすがたを見せていた善信であった。
四郎は打ちのめされたように平伏していた。
善信はすり寄って、
「お汝(こと)、きょうはよう話を聞きにござられたな。……したが、何でそう泣かれるのか、解(げ)せぬが」
「善信どの」
しがみつくように四郎は訴えた。
「――怖ろしくなった。おれは、おそろしくなった」
「はて、何が?」
わざと訊ねると、
「こうしている身の果てが」
「うむ。……それだけでござるかの」
「いや、何もかもだ。……今日まで盲(めくら)滅法に生きてきたが、過去も怖ろしい、現在の悪業(あくごう)もおそろしい。しかもその悪業から抜けることができない宿命かと吐息をついていると、お身様の話には、善人ですらなお救われる、いわんや悪人をやとっしゃった、これが、泣かずにいられるだろうか。――仏の弘大な慈悲というものが初めて身に沁(し)みてわかった気がする。……するともう、何だか、泣くよりほかはなくなってしまった」
「オ、四郎。お汝は心の眼がさめたの。何という倖せな男ぞ」
「え、おれが倖せ?」
「見よ、善信をはじめ、この禅房の誰も彼も、御仏の胸にしっかり抱かるるまでには、みな切磋琢磨、数十年の苦しみや迷いをしてここに至るものを、そちは、わずか一日のうちに、御仏の手から生れ変った嬰児(あかご)のように誕生したではないか。世にもまれな倖せ者ではある」
「じゃあ、おれのように、あらゆる悪業をし、五体の爪の先まで、悪念悪心に充ちているような人間でも」
「即菩提心。もうお汝は悪人でもなんでもない」
「過去現在のあらゆることもゆるして下さろうか」
「善信――いや仏(ぶつ)は嘘を仰っしゃらぬ」
「あ……ありがたい」
ふたたび泣きふす手を取って、善信は膝を立てた。
「さ。――師の上人におひきあわせ申そう」