親鸞 2016年3月10日

「もいちど、見に行ってみましょうか」

と、一人がいう。

女たちは、皆立った。

そして、山吹の部屋をのぞいてみると、香のにおいがまだ残っていて、小机の下を見ると、何か、手紙らしいものがあった。

頓狂に、ひとりが、

「あっ、遺書(かきおき)」

と、さけんだ。

「え、遺書ですって」

「ま……」

「おおいやだ」

身ぶるいして、そして、にわかにあわてた顔いろを見あわせ、

「どうしましょう」

「どうって……」

「殿様へ、お知らせしておかなければ――」

その部屋にいるのが、何か、怖いもののように、女たちは外へ出て、

「誰か来てください」

と呼び立てた。

お下婢(はした)が駈けてきた。

小侍もそれへ来た。

すぐ、役所のほうへ向って、一人が走って行った。

間もなく、代官の年景が、やや狼狽した顔色を湛えて、

「なんじゃ、山吹がいない?」

と、それへ上がってきた。

女たちは一ヵ所にかたまって、みな自分のせいではないように黙っていた。

年景は、自分にあてた山吹の遺書をひらいていたが、それは呪いの文字にみちていたたちまち、裂いて袂(たもと)へ丸めこんだが、血相は濁りきって、何か、憤(いきどお)ろしいものを、そこらへ打(ぶ)っつけたい眼つきをしていた。

「馬鹿っ」それがついに爆発して、突然こう呶鳴りだしたのである。

彼の狂暴性を知りぬいている女たちは、びくとしたように、小さな眼をすくませた。

「なぜ、お前たちは、気をつけていないのだ。誰も、知らなかったのか」

「…………」

この間のうちから、様子がおかしいから、気をつけておれといったのに、どいつもこいつも」と、睨(ね)めつけて、跫音(あしおと)あらく、女たちの前を踏んで通ってみせた。

「これっ、おいっ」

「はい……」

側女の一人が答えると、

「おまえなど呼んだのじゃない。源次、源次」

と、家来を縁先へよんで、

「きょうはすこし頭のぐあいがわるい。役所のほうの仕事は、いいつけておいたように、ほかの者と片づけてくれ。いいか、わしはここですこし休んでおるからな」

「はい」と、家来が行きかけると、

「おいおい、奥へはそういうなよ。役所におるようにいうておけよ」

ごろりと、年景は、大きな体を部屋のまん中に横たえた。

焦々(いらいら)とした眼を、開いたりふさいだりしているのだった。

さすが、愉快ではないらしい、どこかで、自分を責めたり、また惑ったり怒ったりするものが、顔の皮膚をどす黒く濁していた。

「酒を持ってこないか。おいっ……酒を」

と、呶鳴って、額へ手をあてた。

――奥の棟にいる妻だの子だのが、げらげらどこかで笑っているような声がする。

むっくりと、彼は起き上がった。

「これ、誰か、山吹をさがしに行っておるのか?」