「何をです?私には何も見えませんが」
「見えるじゃろうが、あれへ来る人影が」
「どこに」
「ふもとの方に。……いやいやそんな方角じゃない。もっと、部落から先の国府へ通う街道のほうに」
「お……」
「わかったろう」
「ほんに」
巨(おお)きな白樺の幹へ手をかけながら、石念と西仏は、そこの崖からじっと遠い麓の街道を見ていた。
国府の方からうねうねと山や丘や林や耕地を繞(めぐ)って、この小丸山の山ふところへ続いてくる一すじの道に、ぽちと、小さな人影が二つ辿(たど)ってくふ。
「はて」西仏はいぶかしげに、
「この辺の風俗とは見えぬ。どこの女性(にょしょう)であろう」
「都の女子にちがいありません。笠の緋の房、衣の袂、都の女性にしても、町家の女ではございますまい」
「したが、どこへ行くのであろう。この街道の先には、山家ばかりだのに」
「もしや……裏方様の」
石念が、西仏の顔を見ていうと、
「わしもそう思うのだ。もしかしたら、師の房のもとへ、都の裏方様からのお便りでもと――」
「そうかもしれません……。いやそうだ」
石念は、韮や野芹を摘み入れてある籠を抱えた。
西仏はもう崖の下へ向って、雑木にすがりながらずるずると先へ辷(すべ)り降りていた。
――と、その山裾までさしかかった二人の旅の女性も、西仏と石念の姿を見つけて、道の辺に、杖を止めて待っていた。
「もし、女御たち」
西仏が声をかけつつ近づいてゆくと、
「オオ、あなたたちは」
と、一方の女性は走ってきた。
「西仏さまではございませぬか」
「えっ……オッ、万野(までの)どのだったか」
「お久しゅうござりました」
「もう一方は」
「やはり月輪のお召使で、裏方様に侍(かしず)いておりました鈴野というお方」
「ああ、やはり都の」
「上人様のお住居は、もうこの辺りでございますか」
「この鳥屋野(とやの)という里からわずかばかり。――それあの山のふところに竹林が見えましょう、小丸山の里のお住居の裏手にあたる竹林です」
と、振向いて、
「石念、後からご案内してきてくれ、わしは先に走って、一刻もはやく、都から見えた裏方のお使いたちのことを、ご披露しておこう。――師の房にも、さだめしびっくりなされよう」
いい残して、西仏は先に駈けて行った。
彼は自分の欣びよりも、師の親鸞の欣びを思って胸がおどるのだった。
この越後へ来てからすでに四年のあいだの別離となる都の消息を――裏方やお子たちのその後のことどもを――月輪の老公や、友や、知己の様子もさだめし聞かれるであろうし、師の房も、口へは洩らされた例(ためし)もないが、どんなにお胸のうちではそれを欲しておられるであろうと思って――。