七郎は、驚いて、
「まま、待たせられい」
だだっ子の寿童丸を、他の家来たちとともに、無理やりに、輦の上へ、抱いて、押し上げようとする。
「嫌だっ、嫌だっ」
小暴君は、轅へ、足を突っ張って、家来の顔をぽかぽか打ったり、七郎の顔を爪で引っ掻いた。
「離せっ、こらっ、馬鹿っ」
「お待ち遊ばせ。
成田兵衛の若様ともあるものが、さような、泥足になって、人が笑います」
「笑ってもよいわ。
わしは、侍の子だ。
いちどいったことは、後へ退くのはきらいだ。
わしが行って、小賢しい童めの土偶仏(でく)を、蹴砕いて見せるのじゃ。
罰があたるか、あたらぬか、そち達は、見ておれ」
「さような、つまらぬ真似は、するものではございませぬ」
「何が、つまらぬ」
寿童丸は、家来たちの肩と手に支えられながら、足を宙にばたばたさせた。
持てあまして、
「それほど、仰っしゃるなら、やむを得ません、七郎が参りましょう」
「行くか」
「主命なれば――」
「それみい、どうせ、行かねばならぬもの、なぜ早く、わしのいいつけに従わぬのだ」
やっと、小暴君は、輦の中に納まって、けろりという。
「――はやく、奪ってこい」
愚昧(ぐまい)な若君だが、こんな懸け引きは上手である。
七郎は、いくら主人の子でもと、ちょっと小憎く思ったが、泣く子と地頭だった。
「承知いたしました」
気のすすまない足を急がせて、丘の下へ、戻ってきた。
(まだいるかどうか?)むしろ、立ち去っていることを祈りながら、七郎は梅花の樹蔭をのぞいた。
見ると、自身で作った三体の土の御像をそこにすえたまま、あの髫(うない)がみの童子は、合掌したまま、さっきと寸分もたがわぬ姿をそこにじっとさせていた。
虻(あぶ)のかすかな羽うなりも鼓膜にひびくような春昼である。
七郎は跫音(あしおと)をぬすませて、童子のうしろへ近づいた、――近づくにつれて、その童子のくちびるから洩れる念仏の低称が耳にはいった、恐ろしい強兵(つわもの)にでも迫ってゆく時のように、七郎は、脚のつがいが慄(ふる)えてきた。
どうにも、脚がある程度を越えられない気がした。
いっそのことやめて引っ返そうかと惑った。
寿童の呼ぶ声が、おうウいと、彼方で聞こえた。
彼は、主人の邸(やしき)へ帰った後の祟りを考えて眼をつぶった。
(そうだ、人の来ぬ間に!)七郎は、跳びかかった。
無想になって合掌している童子の肩ごしに、むずと手をのばした。
一体の像を左の小脇にかかえた。
そして、もう一体の弥陀如来をつかみかけると、童子は、びっくりしたように起って、
「あれっ?――」
愛らしい叫びをあげた。
そして幼子らしく、手ばなしで、わあっと、泣くのであった。
二つの像をかかえて、もう一体の像を七郎が蹴とばしたせつなである。
「おのれッ、この下司!」
ぐわんと、彼の耳たぶを、烈しい掌のひらが革のように唸って打った。
「あっ――」
耳を抑えながら、七郎は、横にもんどり打った。
仏陀の像は、また一つ彼の手から離れ、粉々になって、元の土にかえった。
※「泣く子と地頭」=「泣く子と地頭には勝てぬ」と続き、こちらに道理があっても、泣きわめく子と、権力をかさにきている人にはかなわないということ。