小説 親鸞・かげろう記 12月(8)

「べつに、面白いことではございません」

七郎がいうと、

「でも、なんじゃ」

と、腕白少年は、しつこい。

「輦(くるま)を進(や)りながら話しましょう」

「待て待て」

少年は、首を振って、

「話を先にせい」

「ちと、驚きましたので、落ち着きませぬと、お話ができません。

……七郎め、たくさんな童を知っておりますが、あんな童は、見たことがありません」

「それみい。

面知ろうないというが、庄司七郎ほどな侍を、そう驚かしたことなら面白いにちがいない。

――何じゃ一体、あの童(わっぱ)は?」

「どこぞ、この辺りの麿でござりましょう。

私が、近づいて窺っているのも知らず、一念に、三体の弥陀の像を土で作っているのでございます」

「なアンじゃ」

少年は、赤い口で嘲笑(あざわら)った。

「馬鹿よのう、そんなことに、驚いたのか」

「いえいえ、さようなことに、庄司七郎は、驚きはしませぬ。

……やがて、誦(ず)念(ねん)いたしている姿の気だかさに驚きました。

うたれたのでございます。

何か、こう五体がしびれるように思いました。

ちる梅花も、樹洩れ陽も、土の香から燃える陽炎(かげろう)も、真の御仏(みほとけ)をつつむ後光のように見えました」

「ふむ……」

「凡(ただ)の和子ではございません。

作られている三体の御像の非凡さ、容子のつつましさ」

「ふーむ……」

「世の中に、あんな和子もあるものかと、ほとほと感服いたしました」

腕白な主人の顔がおそろしく不機嫌なものに変わっているのに気がついて、七郎は、ちと賞めすぎたかなと後悔して口をつぐんでしまった。

案のじょうである。

「小賢しいチビめ」

輦のうえから、少年は唾をして、罵(のの)しりだした。

「そんな、利巧者ぶるやつに、ろくな童はないぞよ。

第一、まだ乳くさいくせに、仏いじりなどする餓鬼は、この寿童丸、大ッ嫌いじゃ」

家来たちの顔を、じろじろ見まわして、どうだというように、待っていたが、誰も、雷同しないので、寿童丸は、いよいよ不機嫌になった。

「やい、やいっ。

あの餓鬼めの作ったとかいうその土偶像(でく)を奪ってきて、わしの前で、蹴つぶして見せい」

「滅相もないことを」

一人の侍がとめると、

「嫌か?」

「でも」

「主命だぞっ」

この腕白者は、身装(なり)こそ小さいが、口は大人を負かしそうであった。

主命といわれて、家来たちは、持てあました。

七郎は、扱い馴れているらしく、かりそめにも、仏の像に、そんな真似をしたら、罰があたって、脚も曲がろうと、なだめたり、説いたりした。

「罰?」

寿童丸は、かえって、罰という言葉に、反感を燃やしたらしく、

「右大将小松殿の御内でも成田(なりたの)兵衛(ひょうえ)為(ため)成(なり)と、弓矢にしられた父をもつ寿童丸だぞ。

――罰がなんじゃ。

あたらばあたってみるがよい。

おぬしら、臆病かぜにふかれて、それしきのことができぬなら、わしが行って、踏みつぶして見せる」

と、輦の轅(ながえ)に片足をかけて、ぽんと飛び下りた。