小説 親鸞・かげろう記 12月(7)

まるい丘と丘が重なりあっている。

丘の赤松の蔭からは、川原焼きの竃(かま)の煙が、まっすぐに立ち昇っていた。

それを見ても、風のないのがわかる。

蝶の群れが、逃げて着た。

キキキ、キッ、と軌(わだち)の音がどこからかしてくる。

見ると、日永(ひなが)の遊山に飽いたような牛が、一台の輦(くるま)を曳いてのろのろと日野の里を横に過ぎて行く。

「七郎っ。

――七郎よっ」

輦の中で、少年の声がした。

武家の息子であろう、ばらっと、乱暴に、簾(れん)をあげて、首を外へ出した。

「どこへ行った、七郎は?」

牛飼は、足をとめて、後ろの道をふり向いた。

郎党ていの青侍が三名、何かふざけながら、遠く遅れて歩いてくるのが見える。

「ちッ」

と、輦の上の少年は、大人びた舌打ちをした。

赤い頬と、悪戯ッぽい眼をもって、

「――わしを、子どもと思うて、供の侍どもまで、馬鹿にしおる」

両方の手を、口のはたら翳(かざ)して、おうーいっと、大声で呼んだ。

その声に、初めて、気がついたように、郎党たちは、輦のそばへ駈けてきた。

「馬鹿っ、馬鹿っ、何をしてじゃっ」

少年は、頭から怒りつけて、それからいった。

「あれ、あの丘の裾(すそ)に、うずくまっている小童(こわっぱ)があろう。

――怪しげなことしておるぞ。

何をしてるのか、すぐ見てこい」

「え?……どこでございますか」

七郎とよばれた郎党は、少年の指さす先をきょろきょろ見まわした。

「見えぬのか、眼がないのか。

呆痴(うつけ)た奴のう。

……あそこの、梅か、杏か、白い花のさいておる樹の下に」

「わかりました」

「見えたか」

「なるほど、童(わらべ)がおります」

「さっきから、ああやって、じっと、うずくまったままだぞ。

けったいなやつ。

何しているのか、見とどけてこい」

「はいっ」

七郎は、駈けて行った。

白い花は、梅だった。

後ろからそっと近づいて見ると、まだ、四、五歳ぐらいな童子が、梅の老樹の下に坐って余念なく、土いじりをしているのである。

(やっ?)七郎は、眼をみはった。

童子の前には、童子の手で作られた三体の仏像ができている。

まぎれもない弥陀如来のすがただ。

もちろん、精巧ではないが、童心即仏心である。

どんな名匠の技術でも生むことのできないものがこもっている。

それだけなら七郎はまだそう驚きはしなかったろう。

――だが、やがて、童子は、土にまみれた掌をあわせて、何か念誦(ねんず)しはじめた。

その作法なり、態度なりが、いかにも自然で、そして気だかかった。

ひら、ひら――と童子のうない髪にちりかかる梅の白さが、何か、燦々(さんさん)と光りものでも降るように七郎の眸には見えた。

(凡人(ただびと)の子ではない)こう感じたので、彼は、気づかれぬうちにと、足をめぐらして、腕白な主人の待ちかまえている輦のほうへ、いそいで、引っ返してきた。

「やい、どうあったぞ?」

まるッこい眼をかがやかせて、少年は、輦(くるま)の上から、片足をぶら下げて、すぐ訊いた。