その曲を聴くと、すぐに映画のタイトルやスポーツの種目が分かったりすることがあります。また、プロ野球では試合中、打席に入る前や登板する前に個々に選手自らが選んだテーマ曲が流されたり、毎年、春と夏の高校野球の全国大会では攻撃側のチームに得点のチャンスがめぐってくると応援団からチャンステーマが演奏されたりして、球場の雰囲気が一気に盛り上がったりします。この他、テレビのほとんどのドラマやアニメにはそれぞれ主題曲(歌)があり、大事な場面ではその曲が用いられて物語の演出効果を高めています。
また、個人的にも何らかの曲を耳にすると、その曲を聴いていた頃のことがいろいろと思い出されてくるということがあったりされるのではないでしょうか。「あの頃はカラオケでいつもこの曲を友だちと歌っては盛り上がっていた」「この曲を聞いて辛かった受験勉強に励んだ」「この曲が自分の青春時代を彩ってくれた」「失恋をして泣きながらこの曲を聴いた」「この曲が人生の決断時の背中を押してくれた」など、いろいろな情景が思い浮ぶことと思われます。
それらの曲がいつまでも心に残っているのは、メロデイだけでなく歌詞にも心を惹かれる箇所が多くあるからではないでしょうか。おそらく、印象深い曲には、歌詞の内容をその時の自分に重ねたり、歌詞の言葉から勇気をもらったり背中を押してもらったりしたということがあったのではないかと思います。
ところで、テレビや映画ではいろいろな人の人生が取り上げられていますが、特別な人だけでなく、私たち一人一人。つまり、誰の人生であっても、プロの脚本家が執筆すれば、それなりの物語ができあがるのではないかと思われます。なぜなら、誰もが日々精一杯に生きて、自分なりの人生の物語を懸命に織りなしているからです。
そうすると、私たちの人生の物語にも、テレビや映画の作品のように、それぞれに「主題歌」があってもよいのではないでしょうか。それは、ことさら自分専用のオリジナル曲とかではなくても、「この歌を聴くと元気が出る」とか、「この歌をうたうと頑張れる」といった、既成の歌でも十分だと思います。
浄土真宗本願寺派保育連盟には全国で960余りの保育園・幼稚園・認定こども園などか加盟していますが、加盟園に通う子どもたちは、園生活の中で仏教讃歌をはじめ季節ごとにいろいろな歌をうたっています。きっとそれらの歌は、子ども達一人一人の心の奥深くに刻み込まれ、やがて大人になった時、幼少期の思い出の扉を開く鍵となり、それぞれの人生の物語における園生活部分を彩る主題歌となるのではないかと思います。
私が園長を務める子ども園では、保護者の中に「卒園した園に自分の子どもを通わせたい」と親子二代、中には親・子・孫三代に渡って…という家庭もあります。そうすると、盆踊りや卒園式は「幼児のおつとめ(音楽礼拝)」から始まるのですが、子ども達が元気よく歌う光景を目にしながら、自分が園児だった時のことを思い出している方もおられるようです。
日々の園生活の中で何気なく歌っている曲でも、子ども達が将来子ども園時代を振り返る時、その懐かしい思い出のBGMとして流れる音楽が仏教讃歌だったらいいな、と思うことです。
「追記」
先日、お寺にお参りに来られた方の中に、掲示してある「恩徳讃」の前に立って、「これまで、人生いろんなことがありましたけど、私はこの恩徳讃を歌いながら乗り越えてきました」とおっしゃる方がありました。すかさず「そうですか。人生には自分なりの主題歌が必要ですよね」と応えていました。