「なんだ?……、なんだろう……あれは?」河童は、眼を大きくしたまま、怯えたように、そうつぶやいた。
「あ――」吉次も、その前に、足をとめていたのだった。
二人とも、呼吸(いき)をのんだ。
そこの大銀杏から小半町先の一廓に、館構えが見え、古びた殿作りの屋根が、墨で捌いたように、赤松の梢と、築地の蔭に、沈んでいる。
それはいい。
それはさっき河童がいった有(あり)範(のりの)朝(あ)臣(そん)の館に違いないのである。
しかし、二人は、そのほかに、異なものを見たのであった。
異なものというのは、そこを曲がった途端に、眼を射た光である。
およそ、夜といえば、光に乏しい世界に住んでいる人間にとって、光ほど、尊く、有難く、また、妖しく考えられるものはなかった。
その光だった。
白い虹といおうか、彗星(ほうきぼし)の尾のような光が、有模朝臣の屋の棟とおぼしい辺りから燿々(ようよう)としてさして、二人が、(あっ?)といった間に、眼を拭ってみれば、何事にも思えない元の闇なのであった。
「見たか、お前も部
「見た」と、答えて、河童は急に、
「おじさん、おら、ここで帰るよ」尻ごみをした。
「ご苦労だった」吉次は、銭を与えて、
「――今の光ものを、お前は何だと思う?」
「わかんない」
「俺にもわからぬ。
ふしぎなこともあるものだ」
「みんなに、話してやろう」
「こらこら、うかつなことを、言いふらしてはいけないぞ」
「ああ!」河童は、鴉みたいな返辞を投げて、一目散に、もとの道へ、駈けて行った。
砂金売りの吉次は、築地の外に立った。
どこを眺めても、盲目のように門が閉まっている。
雑草が、ほとんど、門の腰を埋めているのである。
野良犬ならば、すぐ跳び越えられるように、崩れている所もある。
かずらの絡んでいる椋の樹の上で、キチキチと、リスが啼いた。
「変わるなあ……世の中は」しみじみと、彼は思う。
藤原氏の一門といえば、人間のなしうる豪華な生活図を地上に描き出したものである。
それが、武家同士の興亡となり、武家政治となり、今の平家の全盛になってからは「落魄れ藤家」と嘲られて、面影もない存在になってしまった。
狐狸でも住みそうな、この古館のしいんとしていることはどうだ。
灯の気も見えぬし、犬すらもここにはいないと見える。
とん、とん、とん……試みに、裏門とおぼしい所を、吉次は、そっと叩いてみた。
そして、低声(こごえ)で、
「こんばんは――」何度か、訪れてみた。
「駄目だ」考えていたが、やがて、小石をひろって、侍部屋らしい屋根を目当てに、投げつけた。
蔀(しとみ)をあげる音がした。
――間もなく、壺のうちで、灯りが揺らぐ。
そして、木履(ぽっくり)の音が、カタ、カタ、と近づいて来た。