『どんな歩みでも無駄にはならない』

仏教で説く苦しみに四苦八苦があります。

その一つが求不得苦です。

求めても得られない苦しみです。

われわれが思うようにならないものが、人生そのものです。

私は自分の人生を計画して歩いてゆきます。

当然それには目標があります。

私も大学受験で一浪しました。

たとえば一浪して現役でも入学できた大学にしか受からなくて、結局そこに入学した時、その一年は無駄だったと言うことになります。

しかし、人の人生は、そんなことの繰り返しの様な気がします。

ある御門徒の奥さんが、自分の家が古くなったので、近くの空き家を、土地ごと買って移り住みました。

少し不都合なところに手を入れて生活していましたが、費用がかかり、新築したほうがよかったと愚痴を言っていました。

人生で思い通りになったことと、思い通りに成らなかったことを比べると、思い通りに成らないことだらけ

です。

そこで愚痴を言いながらの人生となります。

もうそのおばあさんは亡くなりましたが大正生まれの人でした。

ある時、寺の旅行で温泉に行きました。

帰りのバスが、信号のところで止まった時近くのイモ畑の中で、畝の間に座り込んで話をしているおばあさん二人を見つけました。

「あら、私と同じような人がいる」

と笑っていました。

大正生まれで、時代もあって、思うように成らない人生を歩んできたはずです。

そんな自分の人生を笑い飛ばしている、自分の人生を明るくうけいれている。

私はその笑顔を見ながらそう思いました。

「本願力に遇ひぬればむなしくすぐるひとぞなき」と

親鸞聖人は教えてくださいます。

愚痴だらけの私の人生ですがそれをそのまま受け入れてくれる阿弥陀さまの大きな願いの中に包まれると、自分の人生が愚痴に終わらない

「どんな歩みでも無駄にはならない」

と頂けることと思います。