そういった議論をする中で、ある4年生の学生が留年を希望してきました。
彼はお寺の跡継ぎで、卒業すれば実家のお寺に帰らないといけません。
ところが、最近になって仏教に大変関心が強くなってきたから、大学院に進学しようと思っていたようなんです。
しかし、お父さんの体調もあり、2年は厳しいので、せめて1年ということで大学に残りました。
彼は5年生として毎週休みなく出席していましたが、夏休み直前のある日、私の研究室にやって来て
「先生、僕ノイローゼなんです」
と言いました。
しかし、私が授業でみている限りは、元気に見えましたので、
「あまり思い込まず、もうちょっと自分の考えを見つめ直したらどう」
と言って本を1冊渡すと、
「分かりました」
と言って帰りました。
ところが、11月の終わりに、その生徒が1日授業を休みました。
あれ、と思いましたが、その次の週です。
今から講義に行こうと家を出ようとしたそのとき、大学から電話がかかってきました。
「先生が担当しているその学生、先ほど亡くなりました。
今ご両親が来られています。
すぐに大学の事務室まで来てください」
と言うんです。
私は飛んで行きました。
外傷は全くなく、解剖の結果、死因は大量に薬を飲んでの自殺。
私は、本当に落ち込みました。
「自殺をしてはいけない」
と、いのちの大切さを教えるため、みんなに自殺の議論をさせていたのに、その議論をしている本人が自らいのちを絶ってしまったんです。
悲しんでいる暇もなく、お葬式がありました。
お寺の跡継ぎでしたから、本堂でのお葬式でした。
お勤めが終わり、出棺のとき、お母さんがその学生の頬をずっとなでていました。
私は
「この姿だけは目に焼き付けておけ」
と言って、直視できない学生には無理にでも見せました。
その後、みんなで
「彼からの贈り物」
というタイトルの追憶集を出すことになりました。
その中で、ある女子学生は
「先輩と、あなたのお母さまに出会うことがなければ、いつも私のそばにあった愛に気付くことはありませんでした。
今までの私は仏の慈悲はもとより、母の愛の重みにさえ、全く気付くことはありませんでした。
仏の慈悲も、母の愛も遠いと思っていました。
本当は一番誓いはずなのに」
と書いてくれたんですね。