親鸞・きらら月夜(づきよ) 2014年4月1日

「火事じゃないか」廊下に立って、覚(かく)明(みょう)は、手をかざしている。

空は、ぼやっと白かった。

夜霞のふかいせいか、月の明りはさしていながら、月のすがたは見えないのだった。

「そうよな……」性(しょう)善坊(ぜんぼう)も、眉をよせて、

「五条あたりか」

「いや、川向うであろう」

「すると、師の房の参られたお館に近くはないか」

「離れてはいようが、心もとない。上洛(じょうらく)中の鎌倉の大名衆や執権の家人(けにん)たちが、一堂に集まって、夕刻から、師の房に、法話をうかがいたいというので参られたのだが……」

「おぬし、なぜ牛車(くるま)と共にお待ち申していなかったのじゃ」

「でも先方で、夜に入(い)れば、必ず兵に守らせて、聖光院(しょうこういん)へお送り申し上げるゆえ、心おきなく、帰れというし、師の房も、戻ってよいと仰せられたから――」

「万一のことでもあっては大変じゃ。ちょっとお迎えに行ってくる」

「いや、わしが行こう」

覚明が、駈け出すと、

「覚明、覚明、今夜は、坊官の民部殿もおらぬのだから、おぬし、留守番していてくれい」

性善坊はもう、庫裡(くり)の方から外へ出ていた。

町へ近づくと、大路(おおじ)には、しきりに、犬がほえている。

しかし、空の赤い光をたよりに駈けてきたが、加茂川の岸まで来ぬうちに、火のいろは消えて、その後ろの空が、どんよりと暗かった。

ばらばらと、辻から出てくる町の者に、

「凡下(ぼんげ)、火事はもう消えたのか」

「へい、消えたようでございますな」

「どこじゃったか」

「六条の、なんとやらいう白(しら)拍子(びょうし)の家と、四、五軒が焼けたそうで」

「ははあ、白拍子の家か。――では、近くに、貴顕のお館(やかた)はないのか」

「むかしは、存じませんが、今はあの辺り、遊女や白拍子ばかりがすんでおりますでな」

「やれ安心した」

ほっとしたが、凡下のことばだけでは、まだ何となく不安な気もするし、もう、師の房の法話もすんだころであろうと、性善坊は、走ることだけはやめて、足はそのまま五条の大橋を北へ渡って行った。

橋のうえから北は、さすがに、混雑していた。

いつまでも去りやらぬ弥次馬が、遊女町の余燼(よじん)をながめて、

「また、盗賊の仕業か」

「そうらしいて。悪酔いして、乱暴するので、遊ばせぬと断ったところが、手下どもを連れて、すぐひっ返し、見ているまえで、火を放(つ)けて逃げおったということじゃ」

「なぜ、見ていた者が、すぐ消すなり、人を呼ばぬのじゃ」

「そんなことをすれば、すぐあだをされるに決まっとるじゃないか。鎌倉衆のお奉行ですら、あいつばかりは、雲や風みたいで、どうもならん人間じゃ」

そんな噂をしあって、戦慄をしていた。