小説・親鸞 去来篇 2015年1月25日

そればかりでなく、月輪殿は、この念仏道場へ来ると、いつも不思議な一つの世帯(しょたい)というものを感じるのだった。

この法然上人を家長とする一つ軒(のき)の下には、今、随身の弟子だけでも八十八名いるおtいわれているが、その八十余名の前身を訪ねてみると、小(こ)松(まつの)内(ない)府(ふ)重盛(しげもり)の子の心(しん)蓮(れん)だの、無(む)官(かんの)大(た)夫(ゆう)敦(あつ)盛(もり)の子の法信房盛(せい)蓮(れん)だの、そのた、栄華を極めた平家の人々の没落してここに剃髪(ていはつ)している者がかなり多くある中に源氏の大将であった熊谷次郎直実(なおざね)のような人物も一つ法(ほう)筵(えん)の弟子として在るのであった。

ことに、直実の蓮生房(れんしょうぼう)と、敦盛の子の盛蓮とは、仇敵の間でさえあるのに、その二人がわけても親しげにしているのを見ると、まったくこの道場こそは、呉越の人間が、前身の怨讐(おんしゅう)なく、法然のいわゆる往きて生きている人々の浄土であることが、実証されているような心地がして、はた眼にも見よいし、また。

人間はこうも和楽(なごやか)に生活のできる物であるかと、凡(ただ)の世間に馴れた眼から見ると、一種の不思議をも覚えてくるのであった。

「――お待たせいたしました。上人のご法話が終りましたゆえ、どうぞ、お居間のほうへ」

一人の弟子僧が、やがてこういって、月輪殿を、奥へ導いた。

間もなく、

「失礼しました」法然のすがたが現れる。

月輪殿は、

「いつもながらお健やかで――」

と、慇懃(いんぎん)なあいさつを述べ、また上人のほうからも鄭重に会釈があって、しばらくは、さりげない四方(よも)山(やま)の話に移っている。

そのうちに月輪殿は、改まった面持ちで、

「実は、今日のご法談を、よそながらうかがっておりましたが、とりわけ、今日はなにやら身に沁みる心地がいたしました。

しかし私は、はやこの老齢、それに、病もあれば、かかるありがたいご法話を聴き得る余生も、そう長くはないと存じております。

……ついては、今生(こんじょう)に思い残りのないよう、今日は、心の隅まで、お打ちあけもいたし、お尋ねもいたしてみたいと存ずるが、おさしつかえありますまいか」

法然は、ふかくうなずいて、

「何にても、お尋ねなされ。この源空が知りたらんほどは、心を傾けてお物語申しましょう」

と、打ち解けた態(てい)でやさしくいう。

月輪殿は、ほろりと眼をうるませた。

よほど、思いあまったものが胸に沈んでいることがわかる。

上人は、見て取って、

「わしが呼ぶまで、誰も来るな。そこの廊(ろう)架(か)のつま戸も閉(た)てておかれい」

そういって、附随の弟子たちを遠ざけた上――

「さて、この法然に、さまでのご談合とは、いかなる儀にて候ぞ。ご懸念なく、おきかせくだされい」

と膝をすすめた。

*「無官大夫(むかんのたゆう)」=四位・五位の位(くらい)ばかりあって官職のない人。また、公卿の子で、元服しないで五位に叙せられたもの。