「建議」と、大講堂の縁に立った法師は、こうすばらしい豪壮をこめて呶鳴った。
開会の宣言である。
大衆は、石のようにうずくまったまま、人間の河原を作っていた。
「まず――吾々の第一の目的は貫徹した。座主(ざす)の交迭(こうてつ)は行われた」
壇上の法師は、拳をふり上げて熱弁をふるう。
「心に邪教念仏を信じ、肉親に、多くの念仏帰依者を持ち、そして、自分はこの叡山(えいざん)の首座にあって、天台の法燈に、欺瞞の襟をかさねていた慈円僧正は、われわれの輿(よ)論(ろん)に追われていたたまれず、尾を巻いて山を逃げ降りた。――次にわれらの座主として真性(しんしょう)僧正を迎えたことを、まずここに祝そう」
その語句がきれると、大衆は、海嘯(つなみ)が応えるように、おうっといった。
「だが」と、熱弁の法師は一息こめ、
「――それだけが、先ごろから幾度かひらいたこの山門の僉(せん)議(ぎ)の目的ではない。吾々の目ざすものは、吉水の禅房にある、あの邪教の徒を一掃しなければやむものではない」
大衆のうちから、
「もっとも、もっとも」
無数の声が飛ぶ。
「ふた股者(またもの)の座主を追っても、吉水の禅門が、相変らず、他宗を誹(そし)り、流行(はや)り病(やまい)の念仏をふり撒いて、社会を害することは、すこしも変りがあるまい。――いや、抛(ほ)っておけば、あの法(ほう)然房(ねんぼう)以下、善信、聖覚法印、そのほかの裏切者や、売教徒どもが、いよいよなにをしでかすかわからぬ。かくては、宗祖大師の遺業も、叡山の権威もどこにあるか、世人は疑うだろう、三塔三千の大衆は、木偶(でく)かと。いやすでに、そういわれても余儀ないことになっている。――すでに当山の座主たる者までが念仏門にひざまずき、また、当山を捨てて吉水へ走った卑劣な背徳漢も数えあげたら限りがない」
壇にある法師は、憑(つ)き物(もの)でもしたように、時折、拳(こぶし)で空(くう)を搏(う)って、
「この現状を、一山の大衆はなんと見らるるか。この趨勢(すうせい)のまま、抛(ほ)っておいてよいものか。しからずんば一山吉水へ降(くだ)って、袈裟(けさ)を脱ぐか」
こう反問的に煽動すると、
「だまれっ」
「いわれなしッ」
「その条(じょう)、いわれなしっ」
ごうごうと大衆は沸いて、
「引っこめ」
「下(げ)壇(だん)、下壇」
と後をもう聞こうとしない。
んすると、その法師と入れ代って、また一人の法師が、ひらりと壇に起った。
「静粛にせられい」
老声である、声から察しるに、この法師は叡山でもかなりの長老らしい。
「いたずらに騒いでは、幾度(いくたび)、会集を催しても、ただ鬱憤を吐くに過ぎん。益のないことだ。われらは、熟慮しなければならない秋にぶつかっているのじゃ」
「わかりきっている」
「売(まい)僧(す)法(ほう)然(ねん)ひとりに対して、叡山三塔の者が、かくものものしく騒いだとあっては、大人げない。叡山は、吉水の一団にたいして、私憤をもって起ったのではに、社会の清浄化、社会を毒す悪僧どもを敵として起つのでなければならん。社会のために、戦うのでなければいかん」
「もっとももっとも」
「肉食(にくじき)はする、酒はのむ、あまつさえ弟子善信には、妻帯の媒(なか)立(だ)ちまでしたという売(まい)僧(す)法然、口(くち)賢(さかし)く、女人教(きょう)化(げ)などと申しおるが、その実いかがやら、まさしく仏教の賊、末法の悪魔」
「いかんぞするっ、その法賊を!」
一人がさけぶと、大衆は波のように揺るぎだして、
「売(ばい)教(きょう)徒(と)の僧団を叩きつぶせ!」
「吉水を焼き払え」
と、怒号を揚げた。