======ご講師紹介======
佐々木恵雲さん(西本願寺あそか診療所所長)
☆ 演題 「いのちのであい」
ご講師は、京都にあります西本願寺あそか診療所所長の佐々木恵雲先生です。
昭和三十五年滋賀県生まれの佐々木先生は、あそか診療所所長として患者さんを診察するかたわら、大阪医科大学講師として後輩の育成にも力を注がれています。
医学博士で、内科・糖尿病の専門家としてだけでなく、滋賀県西照寺寺所属の本願寺派僧侶でもあられ、仏教と医療・医学の両分野でご活躍しておられます。
著書に『新糖尿病』(共著)があります。
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今日ご出席いただいたみなさんに限らず、人というものは何かしらのつらい思い出があるものです。
特に、愛する人や大切な人との別れを経験しない人はいないと思います。
冬になりますと、インフルエンザが流行ってまいります。
そうすると、子どもやお年寄りの中には、インフルエンザ脳症という、脳にインフルエンザのウイルスの影響が出てくることがあります。
それで毎年何人かの方が亡くなっていきます。
非常に痛ましい状況で、昼間は元気だったのに、夕方はもうぐったりしているといった様子で、本当にあっという間に亡くなっていきます。
あるお母さんの三歳になるお子さんが、インフルエンザ脳症で亡くなられました。
我々医師は、患者さんの命を何とか救うために様々な処置をします。
ただ、努力空しく亡くなられる場合もあります。
しかし、お母さんというのはそれを受け止めることは出来ませんよね。
二、三時間前には元気だった自分の子どもが、今、死んでしまったということを実感することはできない訳です。
そういう時に、医師が
「残念ですが、亡くなられました」
と機械的に言うだけでは、お母さんにも伝わらないのです。
そのお母さんの病院では
「最後に抱きしめてあげてください」
と言われたそうです。
その最後のふれあいが、今思い出してみると、どれほど有り難いことだったかと、そのお母さんは言っていました。
また、皆さまも覚えておられるとは思いますが、大阪池田の小学校で殺人事件がありましたね。
あの被害者の中に一人だけ男の子がいたのですが、その子が私の近くの救命センターに運ばれたのです。
担ぎ込まれた時には、すでに身体から血が全部流れ出たような感じでした。
もう、どうしようもない状態だった訳です。
その時、救命センターの医師が母親に言った言葉が
「身体が温かいうちに抱きしめてあげてください」
だったそうです。
朝、
「いってらっしゃい」
と見送った息子が、何時間後には死体になっている訳です。
そういう時に表面的になげかける言葉だけでは、人は救われません。
理屈では、母親も自分の子どもが亡くなったと分かっているのです。
しかし理屈で分かっていても、心で分かっていないのが我々人間です。
ですから、中にはその非常に辛い記憶、大切な人との別れ、そういったものを直視しないようにしてしまう方もおられます。
しかしながら、その辛い別れ、自分にとって非常に誓い家族とか親しい友人とかとの別れなのですけれども、そういった別れも自分の現在を作っている一要素なのです。
そのような過去も含めて現在なのですね。
ですから、最近私は
「過去を大切にして下さい」
とよく言わせていただきます。
どんな辛い過去であったとしても、時間をかけて自分自身が向かい合うことで、過去を思い出して欲しいのです。
過去を大切にするということは、過去を受け止めることであり、自分自身を受け止めることなのです。