「歳を重ねるごとに美しく」(下旬) お母さん、ありがとう

 私が広島にいたとき、担任をした子どもの中に、とてもよく勉強するんですが、ちょっと足の不自由な男の子がいました。

この子はいわゆる小児麻痺にかかっていたんです。

それで運動があまりできませんでした。

また、経済的にもあまり恵まれてはいなかったようです。

当時は、高度経済成長期の真っ只中で、授業参観には大半のお母さんが着物姿で来られるような華やかな景気の時代でした。

そんな中、その足の不自由な男の子のお母さんだけが、授業のチャィムが鳴る寸前まで来ないんです。

子どもは中学生、高校生になると、親が来ると中には

「何で来たのか」

と怒ることがあったりしますが、小学生の頃は自分の親が来ないと非常に心配なんですね。

きょろきょろして、後ろを見るんです。

でも彼のお母さんはチャイムが鳴る寸前まで来ませんでした。

チャイムが鳴り始めた頃に、ようやく走って教室の中に飛び込んできました。

でも、その格好はエプロン姿、しかも汚れがついたままのエプロンでした。

彼のお母さんは近くの漬け物工場で働いておられましたので、その漬け物の汁がついたまま教室に飛び込んで来られたのです。

華やかな着物姿が多い中で、私も

「あっ」

と思いましたけど、普段通り授業を進めました。

やがて授業の終わりを告げるチャイムが鳴りました。

私は彼がどうするのかなと思いました。

私だったら

「なんでエプロンを取って来なかったのか」

とか、

「もうちょっといい服があっただろうに」

と文句を言うと思います。

でも彼はぱっと振り返って

「お母さん、お母さん、ありがとう」

と言って、みんなが見ている前で、お母さんに飛びついていきました。

もう本当に感動しました。

なんと素晴らしい子どもなんだろうと、今でも鮮明に覚えています。

どんなきれいな着物を着たお母さんよりも、その子のお母さんが一番輝いていた瞬間でありました。

子どものために、本当に時間を割いて、おそらく工場長に頼んでこの時間だけ行かせてくれということで来たんだと思います。

そして授業参観が終わると、すぐに工場へ走って行きました。

その子にとって世界一のお母さんでありました。

子どもはそこがわかります。

だから口でいくら

「あなたのことを思っているんだよ」

とか

「お母さんほどあんたのことを愛している人はいないんだからね」

と言っても、子どもは見抜いていきます。

現在、その子は東京で弁護士活動をしています。

以前出張で東京へ行ったとき会ってきましたが、今も変わらない優しさでありました。