「彫らしてくれますか」
光斎と、祥雲の二人は、顔を見あわせた。
【彫りたい】
【彫ろう】という創作慾にそそられて、
「じゃあ、明日から、飯やすみのたびに、ここへ来てください」
と、約束した。
午(ひる)になると、二人は、足場を下りてきた。
範宴は、欄の上に立った。
材は、かなり大きな木を用いた。
三尺ぐらいな坐像に仕上げるつもりらしい。
二人の仏師は、飯をかみながら毎日、鑿(のみ)を持って、範宴の輪郭を少しずつ写して行った。
介の性善坊は、それを知ってから、毎日、側へ来て見ていた。
山門の足場に、白い霜が下りるころになると、その足場はわされて、仏師や塗師たちも来なくなった。
すると、初冬のある日、
「ごめん下さい」
範宴のいる僧院の外で、聞き馴れない声がした。
次の間にいた性善坊が、
「どなた?」
障子をあけると、
「おお!介じゃないか」
「箭四郎か」
「変ったのう」
「まあ、上がれ」
「山門のうちも、なかなか広くて、諸所に、僧坊があるので、さんざん迷うた」
「達者か」
「おぬしも」
「六条のお館は、和子様が、青蓮院にお入りあそばしてから、まるで、冬枯れの家のようにおさびしくてな」
「そうだろう。――し、お館様にも、おかわりないか」
「む……まず、ご無事と申そうか」
「して、今日は」
「この近くまで、お使いに来たので、そっと立ち寄って、和子様のご様子を聞いて返ろうかと……」
「そうか、よく寄ってくれた。
世間を去ると、世間が恋しい」
ふたりは、手をとり合ってて、涙ぐんでいた。
性善坊は、やがて立って、
「範宴さま」
「はい」
範宴は、書を読んでいた。
「――誰が見えたの」
「箭四が、参りました」
「おお」
と、さすがに、なつかしそうに、縁のほうへ走ってきた。
「和子様か」
変った彼のすがたにに、箭四郎は、洟をすすった。
「お養父(とう)様は」
「おかわりもございませぬ」
「朝麿は」
「お元気で、日にまして、ご成人でございまする」
「わしのこと、問うか」
「はい……。
このごろは、やっとすこし、お忘れのようでございますが」
「さびしがっておろうのう」
範宴は、庭へ下りて、籬(まがき)に咲いていた白菊を剪(き)った。
「これ、朝麿に、持って行って賜(た)も。――わしの土産に」
そういうと、性善坊が、
「よい土産がある。範宴さま、あれを箭四に持たせておつかわしなされてはいがかですか」