「どこへ?――」
不敵な眼をしながら、朱王房は鐘楼の柱へ足を踏んばって動かなかった。
「阿闍梨の前へ連れて行くのだ。さ、来い」
「いやだ」
「卑怯者め、承知のうえで、礼鐘を撞かぬといったくせに。――お処罰(しおき)をうけるのが怖いなら、なぜ撞かなかったか」
「ばか、ばかばかしくって……おれには、こんな鐘はつけないんだ……」
と、朱王房は、唇をかんだ。
「貴様、それを本気でいうのか」
「いうとも。――今朝の一山の鐘の音は、虚偽だ、おべっかだ、仏陀は、笑っていなさるだろう」
「…………」
呆れて、友の顔を、見ているのだった。
朱王房は、昂奮した眼で、
「貴公は、そう思わないか」
「朱王房、貴様こそ、気はたしかなのか」
「たしかだから、おれは、この鐘を撞かんだ。いいか、考えてもみろ、まだ十歳を出たばかりの範宴を、座主の依怙贔屓から、輿論(よろん)と、非難を押しきって、今朝の大戒を、強行するのじゃないか。――それが仏陀の御心かっ。一山衆望かっ」
「執念ぶかい奴だ……。まだ貴様は、いつぞやの議論を、固持しているのか」
「あたりまえじゃないか。阿闍梨や碩学たちは、蔭でこそ、とやこういうが、一人として主張を持ち張るものはない。みんな、慈円僧正に、まるめられて、ひっ込んでしまった」
「座主には座主の、ふかい信念があってのことだ」
「見せてもらおうじゃないか、その信念というやつを」
「それは、現在では、水かけ論だ。範宴が、果たしてそういう天稟(てんぴん)の質であったか否かは、彼の成長を見た上でなければ決定ができない」
「それみろ。――神仏にも分からぬことを、どうして、僧正にだけわかるか。
ごまかしだっ、依怙贔屓だっ」
「大きな声をするなっ」
「するッ――おれはするっ――仏法を亡ぼすものは仏弟子どもだっ」
「これっ、若輩のくせに、いいかげんにしろ」
「いってわるいか」
「わるい!」
「じゃあ、貴公も、まやかし者だ、仏陀にそむいて、山の司権者におべッかるまやかし者だ」
「生意気をいうなッ」
朱王房の襟がみをつかんで、そこへ仆(たお)した。
すると、房の人々が、
「どうしたのだ、どうしたのだ……」
と、駆け上がってきて、
「おいっ、離せ」
「いや、縛ってしまえ。そして、阿闍梨のまえに曳いて行って、たった今、この青二才がほざいた言葉を、厳密な掟の下に、裁かなければならない」
「どんな暴言を吐いた」
「仏法を亡ぼすものは仏弟子どもだといいおった」
「こいつが」
と、一人は、彼の横顔を蹴って、
「一体、新参のくせに、初めから口論ずきで、少し自分の才に、思い上がっているんだ。縛れ、縛れ、くせになる」
と、罵った。