もとより金など持ちあわせていないけれど、弟の借財があるというならば、性善房に相談したうえで、どうにでもしなければなるまいと、四、五日の猶予を頼むと、亭主は首を振って、
「ふざけては困る」
頑(がん)然(ぜん)と、怒った。
「そう幾日も幾日も、病人などを置いておかれるか。毎晩、ほかの泊り客もあるのに、それを断っていては、おいらの嬶(かか)や餓鬼が干ぼしになるわい」
「迷惑でございましょう」
「大迷惑じゃ。とうに、追ん出したいのは山々だったが、薬代のたてかえもあるで、法隆寺に身寄りがいるという言い訳をあてにして、おぬしの来るのを待っていたのじゃ、持ち物なり、衣類なり、抵当(かた)において、すぐ連れて行ってくれい」
「ごもっともです。けれど、永い猶予はおねがいしませぬゆえ――」
「…………」
「両、三日でも」
「ばかをぬかせ。病人なればこそ、きょうまででも、こらえていたのじゃ」
「私は、僧門の身、この病人と女子(おなご)を、山門へ連れもどるわけには参りませぬ」
「――だから、知らぬというのか、借りをふみ倒す気か」
「決して」
「ならば、その法衣を脱いで出せ、女の帯を貰おう、いや、そんなことじゃまだ足りんわ、そうだ、よい数珠を持っておるな、水晶じゃろう、それもよこせ」
すると――いつのまにやら彼の後ろから入ってきて、のっそりと突っ立っていた隣の野武士ていの若い男が、左手に提(さ)げている革巻の刀の鞘で、わめいている亭主の横顔を、がつんと撲った。
「おぬしは、隣に泊っているお客じゃないか」
「さよう」
「なにをさらすのじゃ、なんでわしを、撲ったか」
「やかましい」
野武士ていの男は、逞しい腕を亭主の襟がみへ伸ばしたかと思うと、蝗(いなご)でも抓(つま)んで捨てるように、
「おととい来い」
吊り上げて、その弱腰を蹴とばした。
「わっ」
亭主は、外へもんどり打って、霜解けのぬかるみへ突っ込んだ泥の手で、
「おれを。……畜生っ、おれをよくも」
むしゃぶりついてくる手を払って、野武士ていの男は、その鷹のように底光りのする眼でつよく睨みつけた。
「さっきから隣でだまって聞いていれば、慈悲も情けもない云い草、もういっぺんほざいてみろ」
「貸しを取るのが、なぜわるい。おれたちに、飢え死にしろというのかい」
「だまれ、誰が、汝(うぬ)らの貸しを倒すといったか。さもしい奴だ、それっ、俺が建て替えておいてやるから持ってゆけ。その代わりに、病人のほうも、俺のほうも、客らしく鄭重(ていちょう)にあつかわないと承知せぬぞ。……何をふるえているのだ、手を出せ」
と野武士ていの男は、ふところから金入れを出して、まだ疑っている亭主の目先へ、金をつきつけた。