親鸞・去来篇(3)

むさ、法隆寺のほとりで会った梢が、声をきくとすぐそこを開けて、

「お兄さんが見えましたよ」

と、病人の枕へ、顔をよせて告げた。

「えっ……兄君が」

待ちかねていたのであろう。

朝麿は聞くや否や、あわてて褥(しとね)の外へ這いだした。

「朝麿、そのままにしていないさい、寒い風に、あたらぬように」

「兄君っ……」

涙でいっぱいになった弟の眼を見ると、範宴も、熱いものが瞼を突いてくるのを覚えた。

「め……めんぼく次第もございません……。こ、こんなところで」

「まあよい。さ……梢どの、衾(ふすま)のうちへ、病人を」

寝るようにすすめたが、朝麿は、兄のまえにひれ伏したまま、ただ泣き濡れているのであった。

範宴は、手をとって、

「何年(いつ)であったか、おもとと、鍛冶ケ池のそばで会った時に、わしは、およそのことを察していた。今日のことがなければよいがと案じていました」

「すみませぬ」

「今さら、どういうたとて、及ばぬことだ。――それよりは、体が大切、また後々の思案が大事。とにかく、衾のうえにいるがよい、ゆるりと話そう」

無理に、蒲団の中へもどして、弟にも梢にも、元気がつくように努めて微笑をもちながら先行きの覚悟のほどを聞いてみると、もちろん、恋し合ってここまで来た若い二人は、死ぬまでも、別れる気もちはないというし、またふたたび、親たちのいる都へ帰る気もないという。

そして絶えず、死への誘惑に迷っている影が、朝麿にも、梢にも、見えるのだった。

範宴は、そのあぶない瀬戸ぎわにある二人の心を見ぬいて当惑した。

沙門の身でなければ、当座の思案だけでもあるのであったが、きびしい山門のうちへ二人を連れてゆくわけにはゆかないし、このまま、この風の洩れる汚い板屋に寝かせておけば、弟の病勢がつのるのは眼にみえているし、その病気と、心の病気とは、何時(いつ)、死を甘い夢のように追って、敢(あえ)のない悔いを後に噛むことに立ちいたるかもわからない。

すると、外に、そのとき跫音(あしおと)がしてきたて。

ここの木賃の亭主であった。

無遠慮に入口を開けて、

「沙門さん、おめえは、法隆寺で勉強している学生(がくしょう)かい?」と訊くのであった。

範宴は、自分の顔を見て問われたので」

「さようでございます」

と答えると、亭主は、

「そして、この病人の兄弟ということだが、ほんとかね」

「はい」

「じゃあ、木賃の代だの、薬代だの、病人の借財は、もちろん、おぬしが払ってくれるんだろうな」

答えぬうちに、亭主は、ふところから書きつけたものを出して、範宴の前へ置くのであった。