暴客の暴言を浴びながら、善信はその前に神妙に坐っていた。
「耳のない顔するなっ」
荒法師たちは、あまりに反射のない彼の態度に、こう鬼面をもって脅(おど)しつけながら、
「――よいか善信。これから申すことに一々答弁が立たん時は、この小屋をぶっ潰(つぶ)し、汝の首(こうべ)を薙刀(なぎなた)の先に梟(か)けて、山門のみやげに持ち帰るぞっ」
「…………」
微笑を見せて、善信はうなずくのであった。
「第一には――」
と、荒法師のひとりが、山麓(さんろく)できたえた声に底力をこめて云いだした。
「わが聖域たる叡山のうちへ、密偵を入れこみたる理由はいかん」
「…………」
「第二には――その密偵、実性(じっしょう)なる下司(げす)、山門の僉(せん)議(ぎ)を盗み聞き、世上へ怪(け)しからぬ風説を流布(るふ)いたしたる罪状はいかん」
「…………」
「第三には、山門法師の者、それについて、この草庵へかけあいに参りたるを、門(もん)輩(ぱい)の暴僧を出して、腕力をもって打擲(ちょうちゃく)したる理由はいかん」
「…………」
「以上三つ、なんとあるかっ、善信房」
「…………」
「無言でおるは、一言(いちごん)の申しひらきもないという表示か。しからば、約束どおり、この小屋を踏みつぶし、そちの素(す)首(こうべ)をたたき落して持ち帰るぞ」
すでに一人は土足を板縁にかけ、一人は善信の腕くびをつかんで、外へ引きずり出そうとする。
「何をするッ――」
うしろへ来て、猛虎のように師のからだを警戒していた覚明は、たまらなくなって、突っ立った。
「――控えいっ」
善信の声は、その覚明へ向って投げられたのである。
「今、仰せ承(うけたまわ)る三つのこと。すべて、善信としていい開きもない落度です。いかようとも召さるがよい。
……誰も、手出しの儀ななりませぬぞ」
「おう、よくいったっ」
引き下ろされて、善信のからだは、草庵の外へ転んで落ちた。
顔いろも失わない善信であった。
すぐ大地へ坐り直して、彼らの兇暴な腕力の下(もと)に体を与えてなんの惜しみもおののきもない容(よう)子(す)なのである。
「どうしてくれよう」
今となって、多少のためらいを感じているもののように、一人がつぶやくと、
「――斬れっ、勿論、斬るのだッ」
一人が、薙刀の柄(え)を持ち直して、鍔(つば)を鳴らした。
「いや、斬らせんっ」
覚明は、師の善信が叱(しっ)咤(た)することばに耳をかさないで、板縁から飛び降りた。
そして彼らと善信とのあいだに、諸(もろ)手(て)をひろげて、
「悪僧どもっ、三つの答えは、おれがしてやる。さあ来いっ」
善信はうしろに在って、その態(てい)を悲しむように、覚明を叱りつけた。
しかし、覚明は肯(き)かないのである。
「――地獄にも堕ちろ、師の破門も忌(いと)わぬ。このために数珠(ずず)を断(た)って、外(げ)道(どう)へ落ちるともやむを得ん。魔に対しては、降(ごう)魔(ま)の剣、邪に対しては破邪の拳(こぶし)、まごまごすると、おのれらの素っ首から先に申しうけるぞっ」