希望の光明に燃えて、御所を脱けだした鈴虫の局であった、また松虫の局であった。
――だた、二人がじっと半月も住んでいた狭い部屋は、明りも入らない冷たい部屋だった。
「どうか、髪を剃(おろ)してくださいませ。髪を剃してしまえば、もう御所へもどれといっても、戻ることはできませぬ」
二人は、住蓮と安楽房に、何度もせがむのであった。
だが、さすがに、一方はそういう決心もつきかねていた。
「何か、ご用事をいいつけて下さい。――働きたいのです、どんな辛い水仕事でもしたいのです」
これも、彼女たちが、幾度(いくたび)も願うところだったが、
「滅相もない」
と、安楽房がいい、
「――もうしばらくは、ここにじっと隠れておらねば」
と、住蓮もたしなめた。
しかし、日が経つほど、世間はうわさを忘れても、その筋の探索はきびしくなるばかりである。
「いつになったら」
と、闇の小鳥のような眼をして鈴虫と松虫は、そこにすくみ合っていた。
「もし……」
閉めてある妻戸の境で、人の跫音(あしおと)がとまった。
住蓮の声である。
安楽房の影もうしろに見えた。
ふたりは、何事かと、小さな胸を躍らせた。
もう、夜が更けているのである。
日が暮れてから、男性の二人が、女ふたりのこの密室を訪うことはなかった例である。
「――すぐ、お支度をなされませ。吾々が、ご案内する」
「え?……。どこへ」
「もう、この法勝寺では、危険になりました。何となく、世間が知ってきたようです。で……相談したのですが、これからずっと山伝いに奥へ入ると、私たちが、仮に住んでいたことのある小屋があります。そこまで行ってください。――それからのことは、後でまた、よくご相談いたしましょう」
あわただしい気持が、ふたりを駆りたてた。
何かもう足もとから火がついたように落着かなかった。
被衣(かずき)して、裾をからげて、ふたりは住蓮と安楽房に従(つ)いて行った。
星あかりもない樹の下を登るのだった。
松明が欲しいのであるが、それも危険だと考えられるので、まったく手さぐりで歩くのだった。
「あぶのうございますぞ」
「はい……」
「まだ、誰が知ったというわけではないから、ご心配には及びません。いよいよ、この山では、危ないとなったら、遠くへ、お落し申しましょう」
「……え。……ですが、私たちは、このお山に、死んでもいたい気がするのです」
鈴虫は、そういった。
住蓮は、いつとはなく、彼女の手を引いてやっていた。
安楽房は、急な坂にかかると、松虫の局を背に負って這い登った。
――捨てられない。
若い住蓮は心のうちでそう思った。
おそらく安楽房も同じであろう。
どうして、この無力な、そして自分たちを、かくまで信じきっている女性(にょしょう)を、このまま振り捨てられよう。
あたりの樹々は、露が凍って、白珠をつらねたように氷が咲いていた。
大地は、針の山に似ている冱寒(ごかん)の深夜だった。
けれど、四人の若人の息は、血は、さながら火と火のように熱かった。
やがて、二十町も登ると、
「やっと来ました。ここです……」
と、住蓮は、戸の閉まっている一軒の小さな空家を指さした。
どこかで、滝が鳴っていた。