2020年に開催される東京オリンピックに向けて着々と準備が進んでいますが、これに合わせて日本政府は訪日外国人観光客数4000万人の誘致を目指しているといわれています。2018年度は約3200万人だったそうですから、今年から来年にかけての2年間で800万人の増を目指しているわけです。
こうしたインバウンド(訪日外国人旅行)の増加は、旅行者による消費拡大という恩恵をもたらしますが、その一方でマナー違反や環境破壊、住宅価格の高騰という副作用も生み出しています。これが、近年顕著になってきたいわゆる「観光公害」といわれる現象です。
この観光公害が特に酷いのが、日本人にも大人気の観光地・京都だそうです。京都は、祇園、清水寺、伏見稲荷、金閣寺など、神社仏閣をはじめとする歴史的な宗教・文化遺産が多く現存し、昔から日本人の間でも人気の高い観光地ですが、有名な観光地では常に初詣のように人が溢れていて、しかもその大半が外国人観光客であるため、国内であるにもかかわらず、日本人観光客がアウェィ感に包まれてしまうといった不思議な出来事が起こったりしています。
数字で調べると、京都に宿泊した外国人観光客の数は、2000年は40万人程でしたが、2010年にほぼ倍の80万人に増加しました。その後2011年に東日本大震災が発生したときは52万人まで下がりましたが、翌年から再び右肩上がりで増加し、2017年にはなんと353万人にまで増えたそうです。
ところが、このように外国人観光客が増加する一方で、日本人の“京都離れ”が起こり始めました。主要ホテルでの日本人宿泊数は、2018年は206万2,716人ですが、これは前年比-9.4%。調査開始以来最大の下げ幅となりました。前年の2017年からは10万4,129人減っており4年連続でのマイナスです。総宿泊客数も329万1745人(同-4.4%)でした。月間の日本人宿泊客数は、2017年4月から前年同月比マイナスが続いています。西日本豪雨のあった6月は-12.6%、7月は-14.6%と大きく落ち込み、紅葉シーズンの11月も-10.7%、12月も-12.2%と二桁のマイナスでした。
周知の通り、 2018年は日本の国内で自然災害が多く発生したものの、外国人客に対する影響は限定的で、外国人宿泊客は122万9,030人で、+5.3%でした。調査によると、高価格帯ホテルにおいては、夏季の自然災害発生後も客室稼働率は特段減少しなかったそうです。これは、災害の影響をあまり受けなかったヨーロッパ・アメリカ・オーストラリアなどからの富裕層(成田・羽田経由)が主な顧客であることなどが要因として推測されています。
「客室稼働率・利用割合の推移」を見ると、年間の日本人利用割合は減少傾向にあり、2014年の71.1%から2018年には56.1%まで下降しました。一方、外国人利用割合は安定的に増加し続け、2014年の28.9%から2018年には43.9%まで増加しています。
こうした日本人客減少の要因について、市内に立地する複数のホテルの幹部や宿泊担当者は「訪日客の増加で京都の観光地や交通機関の混雑が広く知られるようになったため、敬遠されている」「“京都のホテルはいつも満室”という先入観が強い。実際はホテル数が増えて予約は取りやすくなっているのだが…」という見方を示しているのですが、外国人客が早めに宿泊予約を取ることや、客室価格の上昇により出張で訪れるビジネスマンが泊まりにくくなったのが要因だという指摘もあったりします。
また、日本人(観光客)の“京都離れ”が始まった理由としては、もともと日本人が訪れていた気候の良い紅葉や桜の頃に外国人観光客が押し寄せてくるようになり、そのため場所によっては立錐の余地もないほど混雑をきわめたり、外国人観光客によるマナー違反が続発したり、市内の動脈である市バスが観光客によって占有されたりするなどの現象が顕著になってきたことが考えられます。
そのことを裏付けるように、京都市が行った「平成29年京都観光総合調査」によると、2017年に京都市を訪れた日本人観光客のうち、京都観光で「残念なことがあった」と答えた日本人観光客は4割強もいたそうです。具体的には「人が多くて楽しめない」「バスがいつも混雑していて乗れない」「観光客のマナーの悪さ」といった回答が多く見られました。こうした混雑やマナーに関する“残念度”は、その前年の2016年に比べて増加しています。
ところで、京都には私たち浄土真宗本願寺派のご本山(西本願寺)があります。ここ7~8年は、回数でいうと2か月に1回ほどのペースで毎年会議等出席のためご本山に行く機会があるのですが、私が利用している時間帯だけなのかもしれませんが、伊丹空港と京都駅八条口前を結ぶ空港バスはほぼ満席で、しかも年々外国人観光客の占める割合が増えているような気がします。ホテルは、京都に行ってもその大半は日帰りするようになったため定かではありませんが、12月~2月は早めに予約することもあり満室ということはないようです。ただし、数年前に紅葉シーズンの11月は全く空きがなかったことを記憶しています。
観光公害で悩まされているのは、何も京都市だけではありません。イタリアの水の都ベネチアでは、人口5万人に対し3000万人の観光客が押し寄せ、住民生活を脅かしています。具体的には、賃貸住宅が民泊に用途変更され、住民は郊外へ移住を続けています。また、町中は観光客が溢れて混雑し、町全体が観光地化したことに伴い、肉屋、パン屋、洋裁店など市民生活に欠かせない店が次々と廃業するなど、日常生活に支障をきたすようになっています。加えて、観光客のマナーの悪さも住民感情を逆撫でしています。その結果、反観光客デモも日常茶飯事にみられるようになっているそうです。まさに、「観光都市が観光客を追い出しにかかると」いう異常事態が繰り広げられているのです。
この他、人口146万人の京都市と同規模で状況が似ているのは、人口160万人でかつて1992年にはオリンピックも開催されたスペインのバルセロナです。イタリアのベネチア同様に観光公害に悩まされた当市は、民泊には固定資産税の上乗せを行い、「ホテルをはじめ観光関連施設の建設を認可しない」とし、実質的な観光客の削減策に乗り出しています。
このように、観光公害問題は深刻化すると、観光都市は観光客が来ることによる観光消費額をはじめとした経済的効果や文化交流などのメリットを享受できなくなることはもちろんですが、観光客にとっても満足値の低い残念な旅行になり、誰も得をしない「三方良し」ならぬ「三方悪し」になりかねません。実は、残念なことに、ここ数年、京都の観光客の満足度も年々ポイントを下げているそうです。インバウンドに成功すると必ずやってくる観光公害。観光客を優遇するインバウンドは必ず住民との対立を生むことは、京都だけでなく外国でも証明されています。
そうすると、適正な観光客数の検討や、それを見越したインフラ整備、住民に対する納得感の創出など早期に着手しなければ、京都でも観光客排斥運動がそう遠くない日に起こるかもしれません。けれども、そうならないことを京都に行くたびに感じることです。