成功して、社会的な地位が上がることを「出世」といいます。
勉強に、仕事に、多くの人々は出世するために頑張っているように見えます。
ところが、この言葉は出家して仏道修行することを意味すると共に、もともとはブッダ(覚者)が世の中に現れることを示す仏教用語で、経典には次のように説かれています。
「釈尊がこの世に出られたわけは、教えを明らかにひらいて、雑草のように群れて生きている衆生を救い、真実の利を与えるためである」(大無量寿経)
「真実の利」
とは、この世の中において、自分の欲望がかなうことではなく、どのような環境にあっても自分自身の存在の尊さ、厳かさに気付いて、喜びをもって今を力強く生きるという利益です。
釈尊が目覚められた真理を説くのが仏教ですが、また
「釈尊はその真理を説くためにまことの世界(如)からこの世に出現された(来)のである」
と経典には示されてきました。
それは、今日用いられている「出世」とは全く反対の意味です。
この言葉から
「自分がこの世に生まれ出たのは、本当に何のためだったのか静かに考えよ」
という呼びかけが聞こえてくるような気がします。