今日の日は再び来ぬ 尊き一日

 私たちは、朝目が覚めて今日という一日が始まることは「当たり前のこと」のように思っています。

しかも、そのことがまるでいつまでも続いていくかのように…。

けれども、明日の朝、何事もなく今日と同じように目が覚めるという保証は誰もしてはくれません。

 大きな自然災害による被害の惨状が報道されるのを見たり聞いたりする度に、私たちの未来には何が待ち受けているのか予測することさえも出来ないのに、まるで自分の未来には都合の良いことばかりが待ち受けているかのような錯覚の中を生きていることに気付かされます。

 「一寸先は闇」という言葉があります。

この言葉のように、私たちの未来にはいったい何が待ち受けているのか、誰にも知り得ることは出来ません。

けれども、もし一つだけ確実に分かっていることがあるとするならば、それは既に生まれてこの人生が始まった以上、いつの日にか必ずその終わりの日が来るということです。

 もし「あなたの命はあと一年」と宣告されたとしたら…、いかがですか? たとえ嫌でも、今はまだ知らないだけのことで、必ず「最後の日」は私の上に訪れるのです。

そのような意味で「今日」というこの一日は、私の人生においては、二度とはやって来ないこよなく「尊い」一日だといえます。