小説 親鸞・北面乱星 1月(7)

沈面として青じろい面(おもて)に、どこか策士的ふうのある多田蔵人と、北面の侍所に豪の者として聞こえのある近藤右衛門尉との訪れは、この二人の組みあわせを考えただけでも、時節がら、漫然たる用向きでないことは想像されるのであった。

まして、深夜。

その深夜を冒し、雨を冒して来た客の二人は、二人とも、直垂から袴ごし、太刀の緒まで、片袖ずつ、ぐっしょり濡れて坐っていた。

「時に……」

と蔵人は、果たして声をひくめた。

「ちと、折入って、密々にお話し申しとう存ずるが」

「ご心配なく」

と範綱はいった。

「――ここへは、許しなくば下僕の者も参りませぬ。

見らるる通り塗籠の一間、外に声のもれることもない」

「うむ……」

近藤と、うなずきあわせて、

「ほかでもないが、新大納言ま君の御発意で、この月十三日ごろ鹿(しし)ケ(が)谷(たにの)俊(しゅん)寛(かん)僧都(そうず)の庵に、同気の輩(ともがら)がうち集うて、何かと、お談じ申したいとのことであるが、貴公にも、枉(ま)げてもご出席あらるるようにとのお伝えでござる。

――ご都合は、どうお座ろうか」

「さ……」

範綱は、返辞をためらった。

院を中心にして、先ごろから、思いあわされることがないでもない。

相国清盛に対して、瞋恚(しんい)を燃やしておらるるという噂がもっぱらにある。

原因は、相国の嫡子の小松重盛が左大将に、次男の宗盛が右大将に昇官して、徳大寺、花山院の諸卿をも超え、自分の上にも坐ったということが、何としても大納言成親には、虫のおさまらない不平であるらしい。

院の内政はいうまでもなく、叙位、除目のことまで、清盛父子のためにこう自由にされては、やがて、自分たちの官位もいつ剥奪されて、平家の門葉の端くれへ頒(わ)けられてしまうかもしれない――という疑心暗鬼も手つだってくる。

法皇にも、近ごろは、平家のこの専横ぶりを憎く思し召されている容子があると見てとると、成親の謀心は、油がそそがれた。

北面の武士といわれる侍所にも、同じような不平分子がたくさんいる。

また、民衆も平家の顛覆(てんぷく)するのを旱(ひでり)に雲を待つように望んでいる秋(とき)である。

今、策を立てれば、必ず成功するにちがいない。

いわゆる時期到来だ。

こうした考えの人々がいつの間かに院のうちに、秘密結社をつくって、暗躍しているらしいことを、範綱は、あぶない火(ひ)悪戯(いたずら)を見るように察していたので、

(――それだな)とは早くも察していたのであるが、わざと、何も知らない顔をして、

「十三日……」

考えこんでいた。

蔵人は、膝をすすめて、

「ぜひ、お繰りあわせをつけて欲しいが」

「して、当日の集りに見えらるる方々は」

「されば」

と、右衛門尉は、懐をさぐって、燭の下に、連名の一巻をひろげながら、

「――近江中将蓮浄どの、法勝寺の執行(しゅぎょう)俊寛僧都、山城守基兼どの、式部大輔正綱どの、平判官康頼どの、また、新判官資行どのを始めとして、かく申す右衛門尉、ならびに、蔵人行綱」

と、読んだ。