小説 親鸞・北面乱星 1月(6)

「はての?」

彼女は首をかしげた。

名も告げずに、投げこんで行った文とは、一体誰からよこしたものであろう。

さし当たって、思いあたる人もうかばないように、封を解いた。

燭を寄せて、読み返していたが、やがて、吉光の前は、ほっと嘆息(ためいき)をもらして、つぶやいた。

「まあ、とうとう、鞍馬を下山(おり)てしまわれたか。

――あの稚子ばかりは父御の末路を踏ましとうないと祈っていたが」

範綱は、さしのぞいて、

「誰からじゃ?」

と、たずねた。

「めずらしくも、鞍馬の遮那王から――」

「なんというて?」

「どうして、あれほどきびしい平家の付人の眼を晦(くら)ましたか、関東へ逃れて、身を潜め、今では、奥州(みちのく)の藤原秀衡の懸人(かかりゅうど)になっているとやら……」

「では、噂は嘘ではなかったとみえる。

ひところ、鞍馬の遮那王が逃げたと、やかましい沙汰であったが」

「よもやと疑っていましたが……これを見れば、元服して、名も源九郎義経と改めたと書いてありまする」

「血をあらそえぬもの」

「野心のある豪族に、利用されるのでございましょう。

……それにつけても十八公麿の行末(ゆくすえ)が案じられます。

十八公麿のどこかにも、源氏の血がひそんでいるのではないかと」

「そう取越し苦労はせまいものじゃ。

また、源家の血が呪われた末路を踏むものとばかりは限らぬ。

白いか、紅いか、咲いてみねばわからぬ」

「どうか、平和で、静かで、風にも散らぬ樹となり、花を結ぶよう――」

母性のうれいを眸にこめて、隣の室の隅をながめた。

燈心の光の下に、十八公麿は、眠るのを忘れて、まだ草紙に文字を書いていた。

「麿よ」

「はい」

「もう、お寝(やす)みなさい」

「はい」

「また、あしたにしたがよい」

侍女(こしもと)が来て、彼の衣服を脱がせた。

そして、十八公麿がすなおに帳の蔭の衾(ふすま)にかくれると、間もなくであった。

小侍が、足早に、

「お館様」

と、よんだ。

「なんじゃ」

「新大納言様からのお使者がみえられて、ぜひお目にかかりたいと仰せられます」

「お使者が」

「お通し申しますか」

「この深夜に、成親卿のお使いとは……」

いぶかしげに、考えていたが、

「ま、ともあれ、ご鄭重(ていちょう)に」

「かしこまりました」

小侍が去ると、すぐ立って、範綱は、客室へ出て行った。

客室には、二人の侍が、威儀をただして待っていた。

主の会釈をうけると、

「てまえは、北面の兵衛所に詰めております多田(ただの)蔵人(くろうど)と申す者です」

次席の侍も、それに次いで、おごそかに、

「同じく、北面の武士、近藤右衛門尉師(こんどううえもんじょうもろ)高(たか)と名乗った。

「衾(ふすま)」

=布で作り寝るときにかけた夜具。