小説 親鸞・北面乱星 1月(8)

院の文官と、北面の武士と、ものものしく連判してあるのである。

範綱は、眼をそらした。

そして蔵人の眼をみると、蔵人は、じっと自分の眼を見つめて、こう秘密をうちあけた以上は、是が非でも加盟させずにはおかない、拒めば即座に左の手によせている太刀にものをいわせても――という殺気のある眸をかがやかしていた。

「なるとほど」

範綱は、すこし後へ退がった。

そのあいだに、彼は思案を決めていた。

「――では僧都の庵にあつまると申しても、歌、猿楽などいたして、半日を、風雅に遊ぼうというわけでもないですな」

「もとより、表面は――そういう態にしてあるが、まことは……」

右衛門尉は、深沈と更けてゆく燭の蔭を、見まわした。

「――まことは、北面の侍ども、また、ただいま読み申した連判の輩が、血をすすりあって、院の法皇を仰ぎ奉り、新大納言の君を盟主として、暴悪な平氏を一挙に、覆(くつがえ)さんと思うのでござる。

洛内にては、人目もあるゆえ、鹿ケ谷へ集まった当日、万端お謀(う)ちあわせする考え。

――ついては、源家に御縁の浅からぬお家であり、わけても、法皇の御信任もふかい貴公のこと、むろん、お拒みのあろうはずはないが、改めて、御加盟のことおすすめに、一党の使者として、わざと、夜中、推参したわけでござる」

蔵人が、一息にいうと、右衛門尉も、

「範綱どの。

ご返辞は――」

と、つめよった。

「………」

眼を閉じて考えている範綱の眉を、二人は左右から射るように見つめた。

返辞によっては、太刀にものをいわせかねない気色であった。

(何と答えたらいいのか?)範綱は、当惑した。

平家がどうあろうと、政治がどう動こうと、自分は、歌人である。

武士でも政客でもない、また高位栄職をのぞんでもいない、歌に文学に、自分の分を守っておればよいのであると、常に、そうした渦中に巻きこまれることは避けるように努めているのだったが、周囲は遂にそれをゆるさないことになってしまった。

一言でも、大事の秘密を聞かれた時は、秘密に与(くみ)すか、秘密に殺されるかどっちか二つに一つを選ばなければならない――。

範綱はそれに迫られて、自身の窮地を感じるとともに、上(かみ)は、法皇の御危険なお立場と、小さくは、奥の北殿に、はや平和に眠ったであろう幼い二人の者と、薄命な弟の若後家の境遇を、考えずにはいられない。

「……ご返辞のこと、一両日、お待ちねがわれまいか」

「ご即答は、できぬとか」

蔵人の手は、太刀をにぎっていた。

ただの握りかたではない、微かなふるえすら現しているのである。

「法皇に仕え奉る身、法皇のおこころのほども臣として――」

いいかけると、

「あいや、六条どの、その儀ならばご懸念はいらぬ。

秘中の秘、いいのこしたが、実は、当時の謀議には、上皇にも、おしのびにて院をお出ましある手筈……」

その時、家の外で、樹の枝でも踏み折ったような音が、ばりっと寂(しず)かな夜気をやぶって、この三人の耳を驚かした。

「やっ?……」

右衛門尉は、太刀のこじりを立てて、中腰になった。