親鸞・紅玉篇 3月(2) 炎の辻

蔵人は、庭へまわされた。

庭には、侍たちが、きびしい眼をして、彼の姿を、一歩一歩監視していた。

「坐れっ!」

大喝(だいかつ)されて、蔵人は、

「はっ」

思わず、敷物も求めずに、大地へひざまずいしまった。

ふと見ると、相国清盛は、中門の廊(ろう)まで出て、立っていたのである。

五尺二、三寸の中背な人物で、体も肥満質なほうではない、むしろ肩が尖っているし、頬骨は高く痩せているといったが近いであろう。

それでいて、廊の天井へいっぱいになるほど、偉(おお)きく見えるのであった。

左右の足もとに、ずらりと並んだ近侍たちの頭(ず)が低いためもあるし、また、彼の一身にかがやいている勢威というものが、そう見せるのでもあろう。

色は白く鼻ばしらが鋭いほど通っている。

平家一門の多くの者がそうであるように、彼もどこか貴族的な美男型の容貌をそなえているが、きかない気性は大きな唇元(くちもと)にあらわれているし、武士らしい睨みは、やや窪んでいる眼と、毛のこわい眉毛にあり余っていた。

「蔵人行綱というか」

清盛はいった。

「はっ」

「――めずらしい者が舞い込む……」

と、これは独り語(ごと)のように笑いながらつぶやいて、

「院に仕える武将が、忍びやかに、この西八条へは、何しに来たか」

「されば……」

蔵人の声は渇いていた。

「きょうの昼中より、あわただしゅう、院の内外に軍兵を催されておる仙洞のさまを、相国には、なんと御覧(ごろう)ぜられまするか」

清盛は事もなげに、

「山攻めと聞くが」

といった。

「滅相もない偽りざたです」

「なに、嘘じゃと」

「まことは、真(ま)夜半(よなか)のころを計って、この西八条の邸を取り巻かんとする軍(いくさ)の催しでござる」

「わはははは」

清盛は、扇子で膝を打ちながら肩を揺すぶって、哄笑(こうしょう)した。

「こやつ、なにを賢(さか)しげに、訴えるかと思えば、夢でも見てきたような戯言(たわごと)。

この清盛に弓ひく者はおろか、西八条の邸に小石一つ投げつけ得るほどの者が、天下にあろうか」

「その油断こそ、院中の不平もの輩(ばら)が窺う隙でござります」

「院中の不平者とは、誰をさしていうか」

「新大納言を初め、浄憲法師、その他、北面の侍ども、挙(こぞ)って、世を不平といたし、相国の御一門をば、呪っております」

「まったくか」

「なんで、かような大事に、虚言(きょげん)を構えましょうや。

山攻めとは、怖れながら、間近の敵を詐(いつわ)る詭計(きけい)にござりまする」

「法皇は、それを、ご存じが」

「俊寛法師の鹿ヶ谷山荘にも、ひそかに、行幸(みゆき)ましまして、このたびの盟約には、ひとしお、お力を入れているように承りまする」

清盛は、入道頭を、ついと横へ向けた。

そして眼下の蔵人はもうその眼の隅にもないように、侍部屋の廊へ向って、

「筑後っ。筑後やあるっ」

と、呶鳴った。

その声に威圧されて、蔵人は、白州に居たたまれなくなった。

思わず腰をうかして、挨拶もせずに、こそこそと中門の方へ走って消えようとすると、清盛が手の扇子を上げて、背後(うしろ)から叱咤した。

「しゃつ!捕らえて置けっ」