「はい、どなた?」
若い男の返辞だった。
すぐ家の中から板戸を開けて、そこに立っていた者が、二人の僧であったのに意外な顔をしたが、さらに、性善房の手から逃げようともがいている女の姿を見ると、
「この阿女(あま)」
と、裸足で飛び出してきて、女の黒髪をつかんだ。
「どこへ行っていやがったので。――おや、ずぶ濡れになって、また、馬鹿なまねをしやがったな」
あまり無造作に家の中へ引き摺り上げてしまったので、範宴は、
「もしっ、そんな乱暴はせずにいて下さい」
共に、家のうちへ入ったが、もうその時は、女のほうが、俄然、血相を烈しくして、
「何をするんだッ、そんなに、私が憎いかっ。殺せ」
「気ちがいめ」
「さ、殺せ」
いいつつ、男の胸ぐらへつかみかかって、
「そのかわりに、私一人じゃ死なないぞ。この浮気男め、白状者め。口惜しいっ」
範宴も、これには手を下しかねた顔つきで、眺めていた。
しかし、抛(ほ)っとけば限(き)りもないので、
「止めてやれ」
と、性善房にいうと、
「こらっ」
彼は、まず男のほうを隔て、
「やめぬか、まさか、仇同士でもあるまい」
「仇より憎い」
と女はさけんだ、
それからは油紙に火がついたように、男のざんそを人前もなく喋(しゃ)舌(べ)り立てて、男が自分を虐待して、ほかで馴染んだ売女(ばいじょ)をひき入れようとしていることだの、この家が貧乏なために、自分が持ち物を売りつくして貢いだのと、あらゆる醜悪な感情をおよそ舌のつづく限り早口でいった。
さすがに、間がわるくなったと見えて、烏帽子の男は、青白い顔をして、うつ向いていた。
そして今になってから、気がついたように、範宴へ、
「どうも相すみません」と、いった。
「あなたの内儀ですか」
と性善房が口を入れた。
「いいえ、でき合って、ずるずるに暮らしている萱乃(かやの)という女です。けれど、萱乃のいうような、そんな、私は悪い男じゃないつもりです」
「仲を直してはどうじゃ」
「私は、可愛くって、しかたがないくらいなんだが、ご覧のとおりな……」
女は、眸(め)から針を放って、
「嘘をおつきッ」