真宗講座浄土真宗の行(5月中期)

さらに一例として、家永三郎氏による親鸞聖人の念仏思想への批判について指摘することができます。

家永氏は、

もし親鸞が観念から口称へ、口称から信心へといふ浄土教の発展をさらに徹底せしめ、ことに信心の内容を念仏の方向から「念罪」の方向に転廻させる、その画期的事業をあくまで完成しようとするならば、このやうにいつまでも昔ながら念仏行に固執してゐる必要はなかったのではなからうか。

信の一念にては救はれるとして置きながら、他方に、口称の行を不可欠とする親鸞の態度を矛盾とみるのは、あながち宗門に縁なき第三者の曲解とばかりも云はれまい。

…人間の社会的実践→罪障の自覚→信の決定、といふ信仰の構造の中に、称名念仏などの位置する余地はない。

として、親鸞聖人の思想には念仏など入る余地はないのに、その親鸞聖人が自身の著述において称名念仏を強調するのは、思想の矛盾であって、念仏こそ親鸞聖人にとって「躓きの石」だと結論づけています。

この論文に対しては、すでに星野元豊氏や村上速水氏が批判を試みておられます。

ただし、それらはこの意図に対しての直接的な批判ではなく、家永氏が他紙で論じた「親鸞の念仏は呪術的要素を含む」ということに絡ませての批判のように見受けられます。

したがって、星野・村上両氏が力説しておられることは、親鸞聖人の念仏がいかに非呪術的なものであるかの説示のように窺われます。

しかしながら、家永氏の主張の要点は、親鸞聖人の信一念における称名念仏の不必要性だと考えられます。

そのため、呪術・非呪術の観点のみからの批判では、ややその中心点を逸れているとの感を否めません。

要は、家永氏が批判しているのは、親鸞聖人の思想の根本が「信心為本」である以上、称名はそれがどのような称名であっても、そこには呪術的要素を認めるべきだということです。

そうであるとすれば、ここでは念仏の非呪術性の問題よりも、家永氏の意味する親鸞聖人の「信心為本」の義そのものが重要な問題になるのではないかと思われます。

親鸞聖人の「信心為本」に矛盾があるのか、それとも家永氏の「信心為本」に対する理解が親鸞聖人の思想を曲解しているのではないかということを、考察の焦点に置く必要があるのです。

ここで問題としたいことは、家永氏がこの論をなすにあたって取られた学問的態度についてです。

家永氏の説は、従来の宗学的立場を度外視するか、あるいはそれを徹底的に批判するという態度でもって、親鸞聖人の思想を自己の思索を直結させながら論を展開されています。

ところが、家永氏の論に「理論の上には大信に先立つ大行の理を案出するとともに、実践の上では信後の報謝の念仏を発明したのであろう」という一文があります。

これは宗学でいう「信心正因・称名報恩」の義を指すものと思われ、その称名報恩の思想こそを親鸞聖人の「躓きの石」だとするのです。

この場合、親鸞聖人の思想を解釈している家永氏の記述の一文が、果たして家永氏自身の独創的見地から導きだされたものか、それとも度外視しているはずの「宗学」の影響を暗に無意識的に受けてできたものであるかが問題になります。

もし前者だとすれば、それがいったい何を根拠に導き出されたものであるか、より詳細な説明が必要となるはずです。

一方、後者だとすれば親鸞聖人の思想の上にもし後世の宗学が意味するような「信心正因・称名報恩」の意がなければ、家永氏の論は根底から崩れさってしまうことになるからです。

このことは何も家永氏のみの問題ではなく、一般論としてもいえることであって、例えば家永氏の論を批判しておられる星野氏の文でも、親鸞聖人の信と念仏を「精神的信念的要素」と「儀礼的行為的面」に分類し、「獲信のとき、すでに生死を超えているのである。

…そのかぎり称名をすすめる必要は毛頭ない」と述べておられますが、このような思考法は、まさに家永氏のものと同一の難点を含んでいると思われます。