「努力は実る」(中旬)努力なくして出世する人はいない

お客さま扱いは到着したその日だけで、翌日からもう修行の日々になりました。

その中でひとつの壁になったのは言葉でした。

鹿児島では「今、行く」というのを「今、来ます」と言ったり、「熱い」というのを「痛い」といったりしますよね。

日常生活の言葉遣いにも悩んだことがあります。

言葉のつながりでいいますと、

「ただ今の決まり手は、寄り切り、寄り切って白鵬(はくほう)の勝ち」とか、

「ただ今より、幕内土俵入であります。始めに東方、幕内土俵入り」

という場内放送がありますよね。

こういう決まり手や力士の紹介、土俵入りのしゃべりというのは、全部行司の仕事なんです。

そういう担当の行司がいて、土俵へ上がる合間を見て、交代でしゃべりに行っているんです。

この場内放送は、対外的なものなので訛りがあっちゃいけない。

だから人選は厳しくなります。

東北も関西もだめで、どうしても関東周辺の人になりますね。

行司の仕事と言えば、他にも相撲の取り組みを決めるというのもあります。

取組編成会議というのがあって、審判部と取組編成担当の行司が星取という対戦成績を見ながら対戦を組んでいるんです。

そこで決まった取組がNHKテレビなどで発表される訳です。

それから輸送担当というのもあります。

大相撲は年に6場所、そのうち3つは地方場所で、さらにその間に巡業があります。

だいたい250人編成でバスに乗って移動します。

250人もいますから、使用するバスは9台にのぼり、どれもぎちぎちになります。

地方巡業では、毎日違う場所を転々としていくので、その分のホテルと移動手段を確保しないといけません。

それで観光会社を探して連絡をとって、競合させて一番いいところを選ぶ。

そういうのも行司の役目なんです。

できるだけ安くする一方で、ちゃんとしたバス会社にバスを頼まないといけません。

興行の日程を決め、番付発表、無駄のない巡業計画、相手方の勧進元や興行主との折衝、そういうのも上手く回していくのが行司にとっての腕の見せどころな訳です。

このように、土俵上の態度や勝負判定だけでなく、多岐にわたる事務処理能力なども行司には必要とされます。

また、番付表を作る上で、相撲文字を書くということも行司にとって不可欠の能力となります。

これらは何としても身につけないといけない。

そうなると、結局やる気と根気と負けん気、そして努力の問題になるんです。

努力なくして出世する人はいないと思います。

私は、10年目に挫折して辞めようとしたとき、心の師として仰ぐその人からそのことを教わりました。

「その道を極める人や人間の上に立つ人間に、苦労していないやつは一人もいない。だから逆にその苦労をもっと伸ばして頂点を目指せ」

と言われたことで、行司の頂点を極めていくようになったんです。

そうして腰を据えて歩んできた結果が、49年間勤めあげたことにつながったのだと思います。