ウシばあちゃんが「よっしゃ、文珍さんとこで話つけたろ」
と言いましたけど、考えてください。
今まで徳之島を出たことなかったこのおばあちゃんが、生まれて初めて大阪行くんですよ。
見るもん、聞くもん初めてや、そらびっくりしますわな。
私とおばあちゃん、文珍師匠と三人で喫茶店行ったときのことです。
「おばあちゃん。ここね。喫茶店やから何でも注文してください」
言うたら、
「はぁーん、コーシーちょうだい、コーシー」。
コーヒーのことですね。
店員さんが
「ホットですか、アメリカンですか」
と聞くと、
「はぁーん、ニッポン」って言いますねん。
その「ニッポン」っていうコーヒーはいったいどんなんが出てくるんやろうと思うて笑うてたら、文珍師匠が
「中山くん、君な、笑うたらあかんわ」って言うんですよ。
私は
「すんません。なんぼ身内でも目上の人の失敗を笑いました」
と謝ると、師匠は
「いやいや、そういうことやない。落語というのはネタを拾わなあかんから、笑う前にまずメモしなさい。そのニッポンって言ったネタが、いずれ財産になって君に返ってくるから」
と言ったんです。
そう思っておばあちゃんの後を付いて回ると、まあ、ばあちゃんはネタの宝庫でした。
ばあちゃんはシュークリームなんか見たことなかったんですが、大阪で4個入りのシュークリーム見て、
楽珍「ばあちゃん、おなか空いたやろ。これ食べや」
ウシ「はぁーん、これはいなり寿司か」
楽珍「色似てるけどちゃうで。中にクリーム入ってんねん」
ウシ「はぁーん、あの顔に塗るやつ」
楽珍「いやいや、ちゃうちゃう。そんなもん食われへんやん。まあ食べてみ、とにかく柔らかいから」
ウシ「はぁーん、そうかな。はぁーん、はぁーん、ほおほほほ」
きっと口の中でさわやかな刺激やったんでしょうな。
ほんで残り2つとも口の中に急いで放り込みますねん。
「とらへんがな。ゆっくり食べたらええのに」
と思いながら箱見たら、
「なるべく早めにお召し上がりください」
って書いてありました。
でも、これも笑うたらあかんのですわ。
もちろん師匠に言われた通り、メモを取りました。
他にも、初めて入る洋式トイレでは、ドアの鍵も閉めず、反対向いて便座に座って、タンクにつかまりながら用を足そうとしてまして、「逆やがな」と思わず言うてしまったこともありましたね。
また、エスカレーターなんかも乗ったことないから、私が抱っこして乗ったんです。
そしたら、急に私の腰にしがみつくんですよ。
「何すんねん」と思ったら、「ベルトにおつかまりください」って、放送で言うてるんですわ。
そんなおばあちゃんに育てていただいた私に対し、師匠は
「おもしろい、いいおばあゃんやないか。ほな弟子入り許そうか」
と言って、ばあちゃんのおかげで弟子入りを許されました。