住蓮は、ことばを続けて、
「この峰づたいに――どこまでもどこまでも―人里を避けて、西のほうへお逃げなさい。他宗の者や、田舎の役人などに気をつけて」
おののいて、足も地につかないでいる松虫と鈴虫とへ、
「こうしている間に、捕吏が登ってくると、もう最期になります。私たちが、付いて行ってあげたいが、私たちは、これからなお、吉水の上人に、事の由を申しあげて、この禍いが他へ及ぼさぬようにしなければなりません」
安楽房も、急き立てて、
「さ、早くなされい。……なあに人界は追われても、至る所に、仏界はあります、浄土はあります」
「では……」
と、転ぶようにふたりは細い杣道(そまみち)を攀(よ)じてゆく。
「気をつけて――」
「はい」
「……気をつけておいでなされよ。……松虫どの、鈴虫どの」
「住蓮様――安楽房様」
「おさらば」
法勝寺を焼いている炎は、遠い眼の下に見えるが、吠えくるう風の音と火のハゼる音がそこまで聞えてきた。
峰の背へ――ふたりの影を見送って、
「住蓮」
安楽房は、友の片をつかんで、嗚咽(おえつ)しながら、
「法勝寺が焼ける」
「ム……自分で放(つ)けてきた火だ。焼けたほうが潔い」
「みんなおれたちの火悪戯(ひいたずら)だった。世を救う力もない者が世を救おうとした結果だ、仏陀の見せしめだ……」
「だが、安楽房、あんな者は焼けても、また、焼け土の下から若い草は萌えるよ、見ろ、念仏門の胚子(たね)が、あんな火になって、空に舞うじゃないか」
「殉教者となるのは、元より覚悟のことだ。ただこれによって、念仏者の精神が、社会へ大きく映ってくれればよいが」
「自分に力のないまでも、魂をもって哀れを訴えてくる者には、ここまで、身をもって、救おうとした自分らの犠牲――いやそういってはいけない――真心だけは世間にもわかってもらえるさ。……それで満足じゃないか」
「どうだか、心もとないことだ」
「分らなければ、自分だけが、正しくあったということだけでも、おれはみずから安らぐ。――ただ案じられるのは、おれたちの行為が、吉水の上人の御迷惑にならなければよいがという点だが」
「上人はなにも御存じないことだ。上人ばかりでなく、吉水の誰も関わりないことだ」
「でも、一応は、お詫びもし、またあらかじめ事情をお話し申しておこう」
「元より、それは必要だ。……どう参ろうか」
「二人では、かえって人目につく。――こうしよう、おれは山づたいに、吉水の上人の所へゆくから、そこもとは、岡崎のほうへ走って善信御房に、この仔細を伝えてくれ」
「よしっ……」
と、走りかけて、
「では安楽房、お互いにこれ限りいつまた会えるかわからないぞ……。達者に」
「……お身も」
「だが、どこの山野で暮そうとも念仏は捨てまいな」
「捨てない!……捨てるものか!……。オオ、そこへもう捕吏らしい影がのぼって来るぞ。さらば――」