共感の第一歩というのは、うなずくことなんです。
または同じ言葉を返すか。
だから、その子が「汚れた空気を吸うと、汚れた心になるんだよ」と言ったとき、僕は思わず「汚れた空気を吸うと、汚れた心になるんだあ」と同じ言葉を返したんです。
そのうちその子が僕の方にもう一歩近づいてきて、こう言うんです。
「おじさん、お父さんとお母さん、ケンカすると空気が汚れる」。
何かそれだけで家の中の情景が見えてくる。
「そうか、お父さんとお母さんがケンカすると、空気が汚れるんだね」。
すると、彼がまた近づいてきて、「お母さんが飲み屋さんのマッチを持ってくると、お父さんとケンカになる」と。
「お母さんがマッチを持ってくるとケンカになるんだね」
「お母さんいなくなった。空気がきれいになった」。
そうすると、もう一人の利発そうな子が
「おい、お前また何か話しかけているんだろう。お前は見知らぬ人が来ると、いつもそうやって話しかけるんだよ。やめなよ、おじさん困ってるだろう」と。
そして、その子が近づいてきて、最初の子を追い払うようにして僕に、
「おじさん、僕ねラーメンができるんだよ。焼きそばだってできるんだからね。チャーハンだってうまいんだからね」
て威張って言うんですよ。
そして
「寂しくなんかないよ。お母さん三時になったら仕事に行くんだ。帰ってくるのは十二時。でも寂しくなんかないよ」。
なんか切なくなってきました。
突っ張ってるんですよ。
「僕、寂しくなんかないよ」と。
すると、保健室の先生が、
「先生すみません、手間取らせちゃって。こっち来てください」
と、僕を保健室に連れて行き、こう言われたんです。
「先生ごめんなさいね。あの最初の子は、今お父さんと二人暮らしなんですよ。お母さんいなくなっちゃって。でも見て下さい。ここにある花とか松ぼっくりとか、みなこの子が朝持ってきてくれてるんです。これを持ってくることで、この保健室に来る目的を作ってるんです。そして保健室に来たら、あの子は教室に行かないんです。私のひざの上に乗ったりして、『お母さん、お母さん』て言うんです。もちろん私はお母さんじゃない。『もう教室に帰らなきゃだめでしょ』と言うと、『お母さん、お母さん』て。私は、教室へ『行きな、行きな』といいながらも、私の心があの子を離さないんですよ。ダメなんです私、強くなれないんです」と。
そして、
「二人目の子がいるでしょ。あの子は、お母さんが温泉地で働いて、毎日夜一時まで帰ってこない。それでいつも帰りを待って食事を始めるんです。当然朝だって遅刻する。遅刻しちゃ悪いと分かってても遅刻するんです、あの子は。だけどあの子はたまたま、お勉強も少しでき、みんなからも良く見られているから、あまり追求されることもない。でも先生、何度あの子のお父さんが『会わせろ』と言って…あの子は毎日のように、『今日はここにいれるか明日はここにいれるか』と不安なんです。」