共謀罪法案について

平成29年6月15日朝、犯罪を計画段階から処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ「改正組織的犯罪処罰法」が、自民、公明、日本維新の会などの賛成多数(投票総数235票のうち、賛成165票、反対70票)で成立しました。

この法案は与党が委員会採決を省略できる「中間報告」の手続きを使って一方的に参院法務委員会の審議を打ち切り、参院で本会議採決を強行するという、異例の徹夜国会の末に可決されました。

だが、果たしてそこまでして成立させなければならないほど必要かつ重要な法案だったのでしょうか。

ところで、私たちはこの法案のことをいったいどれだけ理解しているでしょうか。

当初、国会に提出された際、政府はこの法案を「テロ等準備罪を処罰するものだ」と主張し、安倍総理は「2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催のために可決・成立させることが必要だ」と、その必要性を繰り返し述べていました。

そのため、世界の各地でイスラム国などによるテロが頻発していることと照らし合わせて、「テロの計画を取り締まることは必要だから、法案に反対するのはおかしい。もし、この法案に反対する者がいるとすれば、それはテロリストだけだ」と、積極的に賛意を表す声が聞かれました。

確かに、そのような言い分を耳にしたり、世界の各地からテロ事件が報じられるのを見たりすると、日本でもテロ対策に必要な法案を成立させることは、喫緊の課題であるかのような印象を持ってしまうのですが、改めてこの法案をよく読んでみると、いろいろな問題点があると思わざるを得ませんでした。

先ず、この法案は初めて提出されたものではなく、過去3回国会に提出されて、いずれも廃案になった、いわゆる「共謀罪法案」と実質的には同じ内容です。

これまでに出された法案と違うのは、600以上あった対象犯罪を半分ほどに減らしたところだけです。

このことから、いろいろな問題を抱えた法案であることが知られます。

次に、非常に奇異に感じられたのは、この法案は東京オリンピックを意識した対テロ法案であるかのような説明が行われてきたのですが、実はこの法案の中にはテロに照準を合わせた条文は見当たりません。

なぜなら、これまで廃案となってきた共謀罪法案は、東京オリンピックの開催が前提ではなく、国連国際組織犯罪防止条約(越境犯罪防止条約、パレルモ条約とも)への日本の参加を目的に作られたものだったからです。

この犯罪防止条約とは、テロ対策ではなくマフィア対策のためのもので、その標的の中心は組織的な経済犯罪です。

したがって、その目的が組織犯罪を防止することにあるため、単独の犯人による無差別殺傷事件や自爆テロ事件は、どれだけ甚大な被害を及ぼすものであったとしても対象にはなりません。

そうすると、組織的な経済犯罪を防止するためのマフィア対策の条約に加盟することを前提に作られた法案を、あたかもテロ対策の法案であるかのように偽って成立させたということになります。

これでは「看板に偽り有り」と言わざるを得ません。

さらに問題なのは、国連国際組織犯罪防止条約は、政府が主張しているような共謀罪立法を義務付けてはいないという点です。

にもかかわらず、条約締結には共謀罪の立法が必須条件であるかのような説明する一方、条約によって要求されていない範囲にまで広く処罰の範囲を広げると共に、マフィア対策を目的とするこの条約が中心的な標的としていると想定される公権力を私物化する罪や、民間の汚職などの経済犯罪は、法定刑の重さにもかかわらず対象犯罪から除外されてしまっています。

これでは、条約の趣旨を理解していないのか、何らかの意図をもってあえて除外したのかと疑わざるを得ません。

では、日本にはテロに対する国内法はないのかというと、国際条約や安保理決議の度に比較的迅速に国内立法を行い、国連体制が要求するテロ対策は既に完備しています。

その結果、現行法の下では危険性のある物質や手段の取扱いはほぼ網羅的に刑事規制を受けています。

言い換えると、テロ対策に穴はないのです。

したがって、テロを含むさまざまな危険性には現行法で十分に対処できるにもかかわらず、まだ危険物や手段の判明しない準備段階を共謀罪立法によって処罰しようとすると、冤罪が発生する可能性が飛躍的に高まることが懸念されます。

なぜなら、共謀罪を適用するためには、危険物や手段が何も出てきていない段階で摘発しようとするのですから、証拠を集めるべく通信傍受を拡大したり秘密捜査官を投入したりするか、嫌疑が不十分でも摘発せざるを得なくなってしまうからです。

捜査機関は、この法案が成立したことによって、今後個人の行動を容易に監視できるようになりました。

そのため、この法律が恣意的に濫用されると、テロではなく別の意図によって誰でも監視されてしまうようになるおそれがあります。

それは、いわゆる「監視社会」が到来する可能性があるということです。

飛行機に搭乗する際は、ハイジャク防止のため空港の保安検査場では手荷物のX線検査を受けたり、人は金属探知機を通過させられたりします。

また、パソコンやペットボトルは別に出さなければなりませんし、ナイフやハサミ、大量のライターなどは機内には持ち込めません。

それもこれも、ハイジャク防止のためですが、これはあくまでも空港内だけのことです。

けれども、共謀罪法案が成立したことによって、私たちは日常どこにいても、常に空港の保安検査場にいるかのような状況に陥ってしまうことになったと言えます。

この法律は「テロとは無縁の一般の人には関係がない」という説明がなされてきましたが、「ハイジャクとは無縁の一般の人が常に保安検査場で検査を受けている」のと同じように、テロとは無縁の人であっても、自分の知らないところで何からの監視対象とみなされてしまうようになるかもしれません。

このように問題の多い共謀罪法案は、果たしてテロ対策として効果を発揮するのでしょうか。

むしろテロとは無関係の人を次々と摘発して、社会に混乱を招くようになるのではないでしょうか。

最近、罪を犯しても権力の中枢にある人と親密な関係にあるため逮捕を免れた人が、被害者によって告発されました。

その経緯は、まるで映画やテレビのドラマを見ているかのような感じがしました。

そのとき思ったことは、どれだけ法が整備されても、つまるところそれを用いる人によって善悪のどちらにでも作用してしまうということです。

この法律が、権力者によって恣意的に用いられることのないよう、注視していきたいと思います。

【確認事項】このページは、鹿児島教区の若手僧侶が「日頃考えていることやご門徒の方々にお伝えしたいことを発表する場がほしい」との要望を受けて鹿児島教区懇談会が提供しているスペースです。したがって、掲載内容がそのまま鹿児島教区懇談会の総意ではないことを付記しておきます。