エラーカタストロフの限界

今年の夏、日本国内でも感染力の強いデルタ株が猛威を奮いました。

いわゆる第5波では、感染者が都市部だけでなく全国的に急増し、鹿児島でも県独自の緊急事態宣言が出されたり、まん延防止等重点措置が適用されたりしました。

今回の感染は、あっという間に広がったのですが、新規感染者の減少もまた急激なもので、その現象傾向は専門家の予想をはるかに上回るものでした。

そのため、急減した理由が話題となりました。

 

そんな中、注目を集めたのが、ノーベル賞受賞者でもあるエイゲンが1971年に予言した『エラー・カタストロフの限界(ミスによる破局)』という概念です。

これは「ウイルスは変異しすぎると、そのせいで自滅する」という主張です。

今回50年前の説が俄然注目されるようになったのは、インドはデルタ株の出現で最悪の事態に陥ったのですが、充分な対策が採られなかったにもかかわらず急激に感染者が減少したことがきっかけです。

 

ところで、ウイルスとは何かというと、とても小さな粒子の中に自己増殖のための独自の遺伝情報を持ってはいますが、その本質は遺伝情報を伝えるDNAやRNAを覆っている粒子を構成する部品であるタンパク質の合成を感染する宿主細胞に依存している寄生体です。

 

ウイルスには様々な種類があり、大きさや粒子の構造が異なるだけでなく、遺伝情報の実体とコピーの作り方まで様々です。

そのため遺伝情報の実体が、DNAだったりRNAだったり、一本鎖のものもあれば二本鎖のものもあったりします。

さらに幾つかの分節に分かれたゲノムを持つウイルスもいます。

 

ウイルスの種類によっては、粒子の外側が脂質の膜で出来たエンベロープで包まれており、そこにはウイルス独自のタンパク質が埋め込まれています。

よく知られているインフルエンザウイルス、そして昨年から世界中で猛威を奮っているコロナウイルスは、いずれも一本鎖のRNAのゲノムを持つウイルスで、外側はエンベロープで包まれています。

インフルエンザウイルスは分節型のゲノムを持ち、違う分節どうしが交錯するなどして組み合わせが変わってしまうことがあります。

一方、コロナウイルスはゲノムRNAがそのままmRNA(メッセンジャーRNA)の機能を果たしてタンパク質合成に使われています。

 

ウイルスの遺伝情報の変化のはやさは、ウイルスの種類によって異なるのですが、いくつかの共通する理由があり、特にRNAを遺伝情報の実体とするウイルスではやい傾向があります。

ヒトの遺伝情報の実体はDNAで、複製において塩基が取り込まれて鎖が伸長される際に、かなり精巧なエラー修復機構があるので非常に正確です。

それに対して、ウイルスの場合、粒子の材料となるタンパク質の合成は宿主の細胞内の仕組みに依存する一方、自身の遺伝情報の複製については、独自の方法で行っているためエラーがおきやすい傾向があります。

 

エラーと聞くと、ウイルスは自分の設計図のコピーを粗雑に作っているように感じられますが、自己増殖のためには、自分の遺伝情報を元にタンパク質の合成を開始すること、そして設計図のコピーを作ることを素早く行うことが必須です。

そして、生き残り続けるためには変化をすることも大事です。

 

ウイルスは、遺伝情報の変化により性質が変わることは周知のことですが、実は変化することがウイルスの生存に有利という訳ではありません。

自己増殖能力を保持するためは、自分の大切なタンパク質の基本的機能を維持する必要があります。

RNAウイルスのように、サイズが小さく精巧なエラー修復機構などのないゲノム上では、突然変異がランダムに発生することにより自己増殖能力が損なわれるような変異が入る場合も多いと予想されます。

ウイルスの遺伝情報の変化の中には、ウイルス粒子の表面の構造をわずかに変化させるものがあります。

これは、ウイルスが宿主の免疫系による認識から逃れたり、宿主細胞との相互作用のあり方に変化が生じたりして、感染対象の生物種や細胞の種類を変化させることにつながる場合もあります。

 

ウイルスの遺伝情報のはやい変化は、ウイルスの遺伝的多様性を急速に増大させるので、治療薬の開発を困難にしたり、それらが有効に効くウイルスのタイプが限定されたり、あるいは耐性株が出現する可能性があります。

その一方、特定のタイプのウイルス株のみが広く急速に感染拡大すると、感染者から単離されるウイルスの全体的な遺伝的多様性は、一時的に減少すると予想されます。

それは、間違った複製が多すぎると、ウイルス自体のバランスが崩れて増殖できなくなってしまうからです。

 

ウイルス内にはエラーを直す働きをする「nsp14」と呼ばれる酵素があり、その修復作用で増殖が続きます。

とろこが、国立遺伝学研究所と新潟大の研究チームが、全国で新型コロナ感染者のウイルス検体をゲノム解析した結果、8月下旬ごろには、ほとんどのウイルスがnsp14の変化したタイプに置き換わっていたことが分かりました。

それをもとに「この変化で酵素の働きが落ちて修復が追いつかず、ウイルスは死滅していったのではないか」として、第5波の収束に影響していると思われるという発表をしました。

つまり、第5波における新規感染者の急激な減少は、エラー・カタストロフの限界、言い換えるとウイルスの自滅ではないかというわけです。

 

これまで、さんざん「3密(密閉、密集、密接)回避」に自粛の嵐、ワクチンの副反応などに振り回された揚げ句、新規感染者が急激に減ったのは「ウイルスの自滅が理由だった」というのは少し拍子抜けする話ですが、ではもう第6波は来ないと考えて良いのでしょうか。

 

感染症に詳しい専門家の間では、収束するどころか第6波は来るとみる向きが多いようです。

「自滅説はあくまでも仮説で、まだきちんと検証されていない。感染者が減ったのは、コロナの季節性の可能性が高い」と言われています。

研究機関の分析では、コロナはこれまで、日本や世界各国で冬、春、夏のほぼ4カ月ごとに流行を繰り返しているそうです。

そのため「昨年も今年も春は3月下旬、夏が6月下旬から拡大し、増減の波がほぼ同じ。この冬に再び流行してもおかしくはない」と言われています。

 

実際、海外では再び感染者が増加傾向にあることが報じられています。

確かに、ドイツや東欧ヨーロッパではすでに再拡大しています、隣国の韓国でも増加していることが伝えられています。

そのため、「日本だけ感染が収束するという特殊な状況になるとは考えにくい」と考えられているようです。

 

さらに、「新たな変異株の出現は予測が付かない。ワクチンの効力を消す力を持つ変異株が出てくることもありうる」とか、「海外ではまだ感染拡大している国もある。

そのウイルスが入ってこなければ、台湾のように日本も安全な方向へ向かうだろう。

第6波を防ぐためには、しっかりとした入国管理、検疫がとても重要だ」という指摘がある一方、経済活性化のために「Go To トラベル」の再開も検討されています。

 

毎年冬季にひく風邪の3割ほどは、コロナウイルスによるものだということは分かっていましたが、昨年から世界中を席巻しているコロナウイルスは新型ということで、「未知のウイルス」であることから、その時々にいろいろな説が出されています。

デルタ株の急激な減少については、当初は「理由が分からない」とのことでしたが、そのような中に「エラー・カタストロフの限界(ウイルスの自滅)」によるものであることが発表されました。

それを「仮説」と一蹴する専門家もいますが、個人的にはウイルスの自滅説に一票投じたいと思っています。

 

 

【確認事項】このページは、鹿児島教区の若手僧侶が「日頃考えていることやご門徒の方々にお伝えしたいことを発表する場がほしい」との要望を受けて鹿児島教区懇談会が提供しているスペースです。したがって、掲載内容がそのまま鹿児島教区懇談会の総意ではないことを付記しておきます。