「コロナパンデミック」の終焉後に備えて

新型コロナウイルス感染症が流行しはじめてから、外出時のマスク着用が常態化してきました。そして、コロナウイルスが変異して新株が発生する度に、流行の波が押し寄せ、いったん感染が落ち着いたいわゆる波と波の間の期間も人々の顔からマスクがなくなることはありませんでした。そんな中、昨年の夏に第5波の感染拡大を引き越した新型コロナウイルス感染症のデルタ株は、専門家の予想とは異なり、秋には急激に感染者が減少しました。このときは、それまでと異なり、デルタ株の感染が収束してから鹿児島県では「感染者0、警戒基準レベル0、病床使用率0%」といった状態が続き、そろそろ以前の日常が戻るのではないかと思いました。ところが、「警戒基準レベル0」であるにもかかわらず、依然として誰もが外出時にはマスクを着用し続けていました。そういう光景を見ていると、「警戒基準レベル0でもマスクをしているけれど、いったいいつになったら、みんながマスクを外すときがくるんだろう」と思わずにはおれませんでした。

確かに、首相官邸と厚生労働省は第6波に備え、「再拡大防止のために基本的な感染対策を徹底しましょう」と呼びかけ、引き続き「会話時のマスク着用や手洗い・手指消毒、換気の徹底」を推奨し、地方自治体もそれにならい同様にマスクの着用等を促していました。

そういうこともあって、誰もがマスクをしているのかと思いきや、「顔パンツ」化という言葉を目にするようになりました。これは、感染のはじまりから2年近くもマスク着用が常態化していることから、いつの間にかマスクをすることが当たり前のようになり、「下着同様にマスク着用をしていないと恥ずかしくて外出できない」ということだそうです。特に若い人たちの間にこのような考え方をする人が多く、ある調査によれば新型コロナウイルス感染症の問題がおちついても7割以上の人が「マスクをし続ける」と考えているそうです。

ここまでくると、「マスク依存症なのでは?」といった感も否めませんが、実は日本では新型コロナウイルス感染症の流行以前から、一部では「マスク大国」とも言われていました。それは、花粉症に悩む人が4割程度いることから、外国に比べると日頃から外出時にマスクを着用する人がもともと多かったということがあります。

そのため、日本ではマスクを着用することに抵抗感のある人が少なく、一方諸外国ではマスクを着用することに抵抗感のある人が多いため、新型コロナウイルスに感染する人数に影響を与えているともいわれています。

ところで、現実のものとなれば朗報となる「オミクロン株は新型コロナウイルス感染症パンデミックを終わらせるかもしれない」という仮説があります。パンデミックの発生が科学的に証明されるようになったのは1900年以降のことで、主だったものとしては3件あります。1件目は、被害が甚大だったスペインインフルエンザ(1918~1919年)。第1次世界大戦中に流行が始まったこともあり、戦争の当事国が感染流行の事実や情報を秘匿したため、死者数は4000万人以上に達したとされます。2件目は、アジアインフルエンザ(1957~1958年)。中国から流行が始まり、1957年4月には香港へ到達。その半年後には、世界中で症例が見られるようになり、約200万人が亡くなったとされます。3件目は、香港インフルエンザ(1968~1969年)。比較的緩やかに伝播していったのですが、それでも世界での超過死亡は約100万人だったといわれています。

では、これらのインフルエンザはなぜ終焉を迎えたのでしょうか。「感染力が高く、かつ重症度の低い株」、すなわち「多くの人が罹患するが、重症化はしない株」が、重症度の高い株を駆逐するパターンが多かったと言われてます。たとえばスペインインフルエンザは、世界中に広まったあと毎年現れる比較的重症化しない型のインフルエンザへと変わっていきました。ただし、スペインインフルエンザのウイルスは今も残っていて、1920年代に人類の多くが免疫を獲得したことで流行は終わったのですが、このウイルスは決して消え去ったわけではなく、ブタのなかで生き残り、2009年にパンデミックを起こしたHINI型は、スペインインフルエンザのウイルスと同根とみなされています。

このような過去の事実から、現在、脅威とされているオミクロン株に関しても、次のような見方ができるかもしれません。それは、南アフリカ国立伝染病研究所のゴットベルク医師が、世界保健機関(WHO)主催の12月2日の記者会見で「オミクロン株の再感染やワクチン接種者の感染による症状は軽度だ。ブレークスルー感染で重症化しない」と述べています。そうすると、もしこの株が重い症状を持つ株を駆逐すれば、世界中で流行した新型コロナウイルスは、毎年現れるインフルエンザと同じような、あまり重症化しない型の株へと変わっていく可能性があるのではないか推測されるのです。

それは、過去のパターンを見ると、「パンデミックは約2年で終焉してきた」という事実があることに基づきます。中国湖北省武漢市で新型コロナウイルスが猛威をふるったのは約2年前の2019年12月てす。この約2年という期間も「オミクロン株の流行=コロナ禍終焉の兆し」という仮説の根拠となるのではないかと思われます。

そして、もしこの仮説が正しく、このままコロナパンデミックが終焉を迎えるのであれば、私たちはそろそろ終焉後に備えてもよいのではないでしょうか。これまでは「3密を避ける」ことが日常生活での「原則」となっていました。そのため、外出時に公共の場や交通機関内でマスクを着用していないと、周囲の人から厳しい眼差しを向けられたり、時にはそのことでトラブルが発生したりすることもありました。

それらは、日本人特有の「同調圧力」といわれるもので、「自分も我慢しているんだから、あなたも…」ということから、お互いを牽制し合ったり、中には「マスク警察」という言葉に象徴されるように、「マスクをしない常識外れの人間に対しては制裁もやむなし」といった狭量な正義感からマスクをしていない人を誹謗したりする人もありました。

それが、マスク着用が状態化したことで、今度は他からの圧力ではなく、いつの間にかマスク着用の理由が「下着同様にマスク着用をしていないと恥ずかしくて外出できない」といった内面からものに変化してきています。

かつては、マスクをしていると「風邪でもひいたのですか」「花粉症ですか」「体調が悪いのですか」と案じられたものです。ところが、多くの人は感染症とは無関係の理由(マスクをしないと恥ずかしい)で積極的に着用したり、中には「みんながしてるから」という目に見えない同調圧力によって着用しているように感じられたりします。

さて、いつまでマスクを着用し続けなければならないのでしょうか。仮説通りに新型コロナウイルス感染症のパンデミックが収束したら、そろそろ勇気を持って、もとのような「マスクなし」の生活に戻りたいものです。

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