「どうして人を殺してはいけないのですかと問われれば」(上旬)この世界が真実だという自分に誤りがある

======ご講師紹介======

淺田正博さん(龍谷大学文学部教授・本願寺派勧学)

☆演題「どうして人を殺してはいけないのですかと問われれば…」

ご講師は、龍谷大学文学部教授・本願寺派勧学の淺田正博さんです。

大阪府生まれ。

龍谷大学文学大学院博士課程仏教学専攻を依願退学。

その後、天台宗の叡山学院講師を務め、龍谷大学短期大学部講師、助教授を経て教授に。

さらに、京都橘大学講師、相愛大学講師、中央仏教学院講師、行信教校講師、龍谷大学短期大学部長、龍谷大学宗教部長を歴任され、現在は龍谷大学文学部教授ならびに本願寺派勧学、博士を務めておられます。

また、大阪府にある浄土真宗本願寺派因念寺の住職。

著書は『宿縁を喜ぶ』『私の歩んだ仏の道』『他力への道』『仏教から見た修験の世界』ほか多数。

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私は、毎日20歳前後の学生に仏教を教えていますが、その学生といえば、まるで友だちのように

「先生、阿弥陀さんって本当にいるの。

いたら出してくださいよ。

見たら信じますから」

という感じです。

もうずいぶん昔のことですが、わたしゼミに所属していて、中学校の先生をしている卒業生から相談を受けました。

今から13年ほど前、神戸児童連続殺傷事件と言われた痛ましい事件が起きましたよね。

あれ以来、教育の現場ががらりと変わって、どうしたら再発防止ができるかと、大変問題になったそうです。

その卒業生は、中学校の宗教の時間で

「あの事件をどう思うか」

と一人ひとりに尋ね、討論させたところ、毎回結論は

「どうして人を殺してはいけないのか」

で終わるそうなんです。

自分ではその問いに答えられなかったので、私のところに相談に来たんですね。

「先生は、生徒にそう質問されたら、なんと答えますか」

と尋ねられたので、私は

「ダメなものはダメなんだと、頭ごなしに教えなさい」

と答えました。

するとその卒業生は、頭ごなしに教えるやり方は戦前の教育で、きっちり理解させた上で行動させる今の教育では、そのような教育方針はとれないというんです。

私もなるほどと思いました。

そこで、この問題を大学に持ち帰り、講義で

「どうして人を殺してはいけないか」

というテーマで議論させると、これが大変沸きました。

屁理屈のような答えもありましたが、これが自殺や堕胎など、いのちについてのグループ議論へと発展していったのです。

ところが、この議論をはじめて3カ月経っても、仏教の視点からの意見が全く出ないんですね。

仏教では、いのちを奪うと地獄に堕ちると説かれています。

それを学生に教えると、

「いまどき地獄に堕ちるなんて言ったらバカにされますよ」

と言うものですから、

「バカにしているのは、君の方だろう」

と叱りました。

私たちの目に見えるこの世界は俗世間、あるいは迷いの世界と言われています。

それに対して、私たちの目には見ることのできない世界があるんです。

その仏さまの世界の内容を学ばせていただくことが仏教の教えなんです。

それを教えてくださるのが、お経ですよね。

ですから、お経の中に絵空事としか思えないようなことが書いてあったとしても、それは仏さまの覚りの世界から見た世界なんだなぁと受け止めることが仏教を学ぶということです

「地獄に堕ちるなんて言ったらバカにされる」

という意見は、この世界でしか仏教を見ていないんです。

あの有名な聖徳太子は何と言われたか。

「この私の目に見えるこの俗世間、迷いの世間はこれはみんな虚仮ですよ」

と言われたんです。

この私の目に見える世界は諸行無常の世界です。

ですから永遠のものなんてありません。

消滅変化していきます。

ところが

「この仏さまの覚りの世界こそが真実の世界なんです」

とも聖徳太子は言われました。

これを

「世間虚仮唯仏是真」

と言います。

仏さまの世界の話を聞いて

「本当だろうか」

と疑いながら聞くのは正しい学び方ではありません。

この世界が真実だ、という自分に誤りがあるんです。

この私が

「この世界は諸行無常だ。

この世間は俗世間だ」

と、わからせて頂き、そうして初めて

「仏さまの世界こそが真実なんだなぁ」

と分からせていただけるのです。