銀杏が、黄ばんでくる――
秋となると、うるさいほどな鵙(もず)の声であった。
コウン、コウン、コン――青蓮院の山門には、足場がかかっていた。
夏の暴風(あらし)で破損した欄間彫(らんまぼり)へ二人の塗師(ぬりし)と三人の彫刻師(ほりし)とが来て、修繕していた。
「おい、祥雲(しょううん)」
ひとりが、鑿(のみ)を休めていう。
「なんだ」
「可愛らしい子じゃないか」
「ム、あの新発意(しぼち)か」
「どこかで、見たような気がするが……」
「おれも、そう思っている」
塗師が、
「飯にしようぜ」
足場を下りて行った。
「もう、午(ひる)か」
木屑を払いながら、彫刻師たちも、下へ辷(すべ)った。
秋蝉が、啼いている。
石井戸のそばに、坐りこんで、工匠(たくみ)たちは弁当をひらき初めた。
すると、院の廊下を、噂していた小さな新発意が、ちょこちょこと通って行った。
「もし、もし」
光斎(こうさい)という彫刻師がよびとめた廊下のうえで、範宴少納言はにこと笑った。
「なあに、おじさん」
「あなたは、お幾歳(いくつ)」
「九歳(ここのつ)」
「へエ、それでは、お小さいわけだ、いつから、この青蓮院へおいでになりました」
「春ごろから」
「じゃあ、半年にしかなりませんね」
「え、え」
「おっ母さんの乳がのみたいでしょう」
「ううん……」
範宴は、首を振った。
「お邸(やしき)は、どこですか」
「六条」
「では、源氏町のご近所で」
「え」
「ご両親が、戦に出て、討死にでもしたのですか」
「いいえ」
「どうして、お坊さんなぞに、なったんですか」
「知らない…」
「ご存知ない?」
「はい」
「お父様は、どなた」
「六条の朝臣範綱」
「え、六条さま。――道理で」
光斎は、仲間の祥雲と、何かささやき合っていたが、やがて、
「範宴さん」
「はい」
「じゃ、あなたは、日野の里で、お生まれなさったでしょう。
私たちは日野のご実家の方へ、半月ほど、仕事に参ったことがありましたっけ――大きくおなりになった」
「では、日野の館の仏間は、おまえたちがこしらえたの」
「あの中のご仏像を、やはり、修繕(なお)しにゆきました」
「おじさんたちは、仏像を彫るのがお仕事なの」
「そうです」
光斎は、しげしげと、欄にもたれている範宴をながめて、
「そのお顔を、そのまま彫ると、ほんとに、いい作ができるがなあ」
と、つぶやいた。
「じゃあ、彫ってもいいよ」
範宴は、すぐにでもできるように、そういって笑った。
※「新発意」=仏教で、発心して新たに仏門に入った者。出家して間のないもの、しんぽち、しんぼっちとも。