「知らぬことはあるまい。いわなければ、ここを通すわけにいかん」
と、妙光房は、くどいのである。
立ちはだかって、性善房を責めていた。
すると、そこの坂道を、降りてきた一人の堂衆が、
「やあ、妙光房」
と、声をかけた。
「おお朱王房か」
「何しているのだ」
「今、ここで、範宴少納言の弟子という性善房に出会ったから、例のことを、糺(ただ)しているところだ」
「あの問題か。さりとは、貴公のほうが、よほど迂遠(うえん)だぞ」
「どうして」
「たった今、一山の諸院と各房へ宛てて、中堂から、触れ状がまよった。――今、それを見てきたが、この月二十八日に、少納言授戒入壇の式を執り行うによって、そのむね、心得ありたしとある」
「ふーム」
と、妙光房は、うなって、
「さては、いよいよ、事実なのか。
座主には、宗祖の大法を枉(ま)げても我意と私情を押し通そうというお心とみえる。
――だが、山には山の則(おきて)がある、よしや、座主はゆるされても、則(おきて)がゆるさぬ、弥陀如来がゆるし給うまい」
と、妙光房は、口から唾(つば)をとばして、罵(ののし)った。
そして、性善房へ、
「やい、新発意(しぼち)」
「はあ」
「はあじゃない。
中堂の宿房へ帰ったら、貴様の師の少納言へ、きっと、申しつたえておけ」
「…………」
「まだ人なもの骨(こつ)がらも持たぬ乳臭児(にゅうしゅうじ)の分際で、宗規を紊(みだ)し、烏滸(おこ)がましい授戒など受けると、この叡山の中にはただはおかぬぞと」
朱王房も、彼のことばの後について、
「――授戒の場を去らせず、堂の首をひきぬいて、千年槙(まき)の木の股に梟首(さら)し、鴉(からす)に眼だまをほじらせるぞと告げるがいい」
と、脅しつけて、肩をそびやかして、立ち去った。
【うぬ!】と性善房は、後に立って、歯がみをした。
追いかけて行って、谷間へ、一投げしてやりたいような激憤が、体を熱くさせたが、中堂から鳴る鐘の音を聞いて、
「ああ、遅くなった」
と、暮れかかる道をいそいだ。
「修行だ、何事も修行だ。こんなことに、心をうごかされてどうするか。――範宴さまが、案じておいでになるだろう」
後を見まいとするように、登って行く。
中堂あたりには、夕べの灯がついていた。
もう、僧正の勤行も終わった時刻である。
使いの返書を、執務の僧にわたして、性善房は、宿房の方へ、曲がって行った。
範宴が佇んでいた。
「帰ったか」
「ただいまもどりました」
「おそかったのう」
「ちと、道に迷いましたので」
性善房は、途中の出来事を話さなかった。
範宴にいえば、範宴は、師の僧正の難をおそれてきって、入壇を拒むだろう。
【だが、困ったものだ】と、彼は一人で案じていた。
法燈の山も、なかなかうるさい。
暗闘、嫉妬、愛憎、毀誉(きよ)、人間のもつあらゆる葛藤(かっとう)はここにもある。