小説 親鸞・大衆(だいしゅ)6月(8)

「知らぬことはあるまい。いわなければ、ここを通すわけにいかん」

と、妙光房は、くどいのである。

立ちはだかって、性善房を責めていた。

すると、そこの坂道を、降りてきた一人の堂衆が、

「やあ、妙光房」

と、声をかけた。

「おお朱王房か」

「何しているのだ」

「今、ここで、範宴少納言の弟子という性善房に出会ったから、例のことを、糺(ただ)しているところだ」

「あの問題か。さりとは、貴公のほうが、よほど迂遠(うえん)だぞ」

「どうして」

「たった今、一山の諸院と各房へ宛てて、中堂から、触れ状がまよった。――今、それを見てきたが、この月二十八日に、少納言授戒入壇の式を執り行うによって、そのむね、心得ありたしとある」

「ふーム」

と、妙光房は、うなって、

「さては、いよいよ、事実なのか。

座主には、宗祖の大法を枉(ま)げても我意と私情を押し通そうというお心とみえる。

――だが、山には山の則(おきて)がある、よしや、座主はゆるされても、則(おきて)がゆるさぬ、弥陀如来がゆるし給うまい」

と、妙光房は、口から唾(つば)をとばして、罵(ののし)った。

そして、性善房へ、

「やい、新発意(しぼち)」

「はあ」

「はあじゃない。

中堂の宿房へ帰ったら、貴様の師の少納言へ、きっと、申しつたえておけ」

「…………」

「まだ人なもの骨(こつ)がらも持たぬ乳臭児(にゅうしゅうじ)の分際で、宗規を紊(みだ)し、烏滸(おこ)がましい授戒など受けると、この叡山の中にはただはおかぬぞと」

朱王房も、彼のことばの後について、

「――授戒の場を去らせず、堂の首をひきぬいて、千年槙(まき)の木の股に梟首(さら)し、鴉(からす)に眼だまをほじらせるぞと告げるがいい」

と、脅しつけて、肩をそびやかして、立ち去った。

【うぬ!】と性善房は、後に立って、歯がみをした。

追いかけて行って、谷間へ、一投げしてやりたいような激憤が、体を熱くさせたが、中堂から鳴る鐘の音を聞いて、

「ああ、遅くなった」

と、暮れかかる道をいそいだ。

「修行だ、何事も修行だ。こんなことに、心をうごかされてどうするか。――範宴さまが、案じておいでになるだろう」

後を見まいとするように、登って行く。

中堂あたりには、夕べの灯がついていた。

もう、僧正の勤行も終わった時刻である。

使いの返書を、執務の僧にわたして、性善房は、宿房の方へ、曲がって行った。

範宴が佇んでいた。

「帰ったか」

「ただいまもどりました」

「おそかったのう」

「ちと、道に迷いましたので」

性善房は、途中の出来事を話さなかった。

範宴にいえば、範宴は、師の僧正の難をおそれてきって、入壇を拒むだろう。

【だが、困ったものだ】と、彼は一人で案じていた。

法燈の山も、なかなかうるさい。

暗闘、嫉妬、愛憎、毀誉(きよ)、人間のもつあらゆる葛藤(かっとう)はここにもある。