小説 親鸞・紅玉篇 1月(2)

「あ、もし」

介はあわてて、吉光の前のことばを遮った。

「――おしかり遊ばすな。

和子様のは、世間のいたずら童が、飛びまわるのとは違いまする」

「でも、こういう時には」

「ごもっともです。

けれども、介の存じますには、おそらく、和子様は、お父君のお病気(いたつき)に、小さな胸をおいためあそばして、それを、お祈りしていたのではないかと思われます」

「ほ……どうして?」

「介が、諸方をお探しして行きますと、いつか、和子様をおぶって粘土(こねつち)を取りに参りました丘の蔭にこう、坐っておいであそばしました」

介は、庭へ坐って、十八公麿がしていたとおりに真似をして合掌した。

そして、三体の弥陀如来の像を作っていたこと、一心に何か祈念していたこと、それがとても幼い者の振舞とは思われないほど端厳(たんげん)な居ずまいであったことなど、目撃したままを、つぶさに話した。

「まあ……和子が……」

母の眸には、涙がいっぱいで、それが笑顔にかわるとたんに、ぽろりと、白いすじが頬に光った。

「では……そなたは、お父君のおいたつきが癒(なお)るようにと、その小さい手で、御仏の像を作っていたのですか。

……そうかや?」

頭髪(つむり)をなでると十八公麿は、母の睫毛(まつげ)を見あげて、幼ごころにも、なにか、すまないものを感じるようにそっと、うなずいて見せた。

報(し)らせを聞いて、宗業も戻ってくる、乳母も、眉をひらいて駈けてくる。

侍女(こしもと)や下婢(しもべ)までが、そこへかたまって、口々に、十八公麿の孝心を称えた。

それに、粘土(こねつち)で仏陀の像を作っていたということが、大人たちの驚異であった。

宗業だけは、そう口に出して、賞(ほ)めそやしたり称えたりはしなかったが、家族たちの手にかわるがわる抱き上げられてききとしている十八公麿の姿に、まったく、心を奪われたように見入っていた。

そして、

(この子は――)と、将来の眩(まば)ゆさを感じ、ひざまずいて、礼拝したいような気持にうたれた。

すると、築地の外に、黄いろい砂ほこりが舞って、がやがやと、口ぎたない喚き声がきこえた。

「ここじゃな、貧乏公卿の有範の邸は」

介の後を追ってきた寿童丸と、その家来たちらしかった。

「やいっ、今の若党。

出てうせいっ。

ようも、わしが家来を、投げおったな。

出てうせねば、討ち入るぞよ。

こんな古土塀の一重や二重、蹴つぶして通るに、なんの雑作もないわ」

そしてまた、

「臆病者、答(いら)えをせぬか。

寿童冠者が勢いに怯(お)じて、音(ね)も出さぬとみえる。

――皆の者、石を抛(ほう)れっ、石を抛れっ」

声がやむとすぐ、ばらばらっと、石つぶてが、館の廂(ひさし)や縁に落ちてくる。

一つは、宗業の肩を打った。

「なんじゃ、あの業態(ぎょうてい)は?」

介は、睨(ね)めつけて、

「おのれ」

と、口走った。

そして太刀の反りを打たせて、

「おうっ、たった今、出会うてやるほどに、そこ、うごくなっ」