血相を変えて、介が、出て行こうとする様子に、宗業は驚いて、彼の太刀の鞘(さや)をとらえて
「これっ、どこへ参る」
「あの悪口がお耳に入りませぬか。
最前は、十八公麿さまにお怪我をさせてはならぬと、じっとこらえて、お館の内へ逃げこんでは参りましたものの、もう堪忍はなりませぬ。
介は、斬って出て、斬りまくってくれまする」
「逆上したか、相手は、平家の侍の子じゃぞ」
「あの嘴(くちばし)の黄いろい小冠者までを、思いあがらせている平家の横暴さが憎うござります。
素ッ首斬って、介が斬り死にしましたら、少しは、見せしめになって、世間の人が助かりましょう」
「用もない生命(いのち)を捨てるな。
蠅が小癪(こしゃく)にさわるとて、一匹二匹の蠅をたたいたら、数万の蠅がうるさいしぐさをやめるであろうか。
まして、お館も御病中、こらえておれ、黙っておれ」
「ええ、いかに、何でも」
「ならぬぞ、決して、築地の外へ出てはならぬぞ。
おしになれ、耳をないと思え」
「耳も眼も、血もある人間に、それはご無理。
――おのれ、成田兵衛の小伜に、雑人ばら、今日の事、覚えておれよ」
築地越しに、呶鳴ると、どっと外で嘲笑(あざわら)う声がした。
牛糞や、棒切れが、ばらばらと庭の内へ落ちた。
介ばかりではない。
厨の召使たちも、歯がみをしてくやしがった。
けれど、宗業もなだめるし、吉光の前もおののきふるえて、
「こらえてたも。
相手になることはなりませぬぞ」
頼むばかりにいうので、涙を溜めながら、だまって鳴りをしずめていた。
すると、奥の小者が、あわただしく廊下を駈けてきて、
「おん方様、宗業様、すぐおこし下さいませ、すぐに」
語気のふるえに、二人は、ぎょっとして、
「どうしやった?」
「お館様の御容体が、にわかに変でござります。
唇のいろも、お眸も、急に変わって…」
「えっ、お悪いとな」
宗業は、走りこんだ。
吉光の前も、裳(すそ)をすべらせて、良人の病間へかくれたが、やがてすぐ、宗業が沈痛な眉をして、そこから出てきた。
そして早口に、
「介っ、介――」
と、呼んだ、介は、階段の下に、黙然と浮かない顔で腕ぐみに沈んでいたが、
「はいっ、介は、これにおりますが…」
「オオ、急いで、お医師の所と、その足ですぐに、六条の兄君のところへ、お報らせに走ってくれい」
「では、お病状が…」
「ウム、もはや望みがないかも知れぬ。
いそいでゆけよ」
「はいっ、はいっ」
木戸へと、駈けて行くと、
「介っ――」
と、宗業はもいちど、声をかけた。
「くれぐれも、六波羅衆の息子などにかまうなよ。
何と罵られても、耳をおさえて、走って行くのだぞ。
よいか」
「はいっ」
「頼むぞ、はやく」
介は、築地の木戸を開けて、夢中で外へおどり出した。