「なんじゃ、この男は」
「怪態(けたい)な」
「気が狂うてか」
「癲癇(てんかん)じゃろ」
人々から眉をしかめられて、平次郎はハッと思った。
(気のせいだ)なんで、お吉が生きているはずがない。
しかも、国主、城主、侍衆などのいならんでいる本堂の上に、親鸞の側近くに従いているわけなどが絶対にない。
(しまった……自分で自分の罪を口走るようなものだ)
彼は、こそこそと、人の後ろへかくれ込んだ。
しかし、どうしてもまだ気にかかるのであった。
またそっと首をもたげて――じっと気を落ち着けて――本堂のほうを窺(うかが)った。
親鸞のすがたの側に、やはりお吉の姿が明らかに見えるのである。
導師親鸞は、式事をすまして、中央に坐っていた。
お吉はうしろのほうに、両手をひたとつかえている。
国司と親鸞とのあいだに、なにか話が交わされているらしい。
お吉も時々、おそるおそる顔をあげて、親鸞のうしろで答えているかのように見えた。
「生きてるっ――。おう、おう、お吉。――お吉じゃねえか」
憑き物でもしたように、平次郎は両手をあげてまた狂った。
もうこんどは止らなかった。
群衆の頭の上を踏みつけて、本堂の階段のほうへ遮二無二近づいてゆくと、前後もわすれて、
「女房っ、女房っ」
唸(うめ)きながら、そこを駈け登ってしまった。
「無礼者っ」
廻廊にいながれている国司の家来たちがいちどに立ち上がり、群衆もこの異様な狼藉者に、わっと、驚いて立ちくずれた。
「ま、おまえ様は」
お吉は、真っ蒼になって、絶叫した。
平次郎は、群衆へ何か告げ知らせたいような手振りで、
「生きていたっ、生きていたっ――」
と、さけびつづけた。
「ひかえろ」
飛びかかってきた侍は、左右から彼の狂いまわる腕をつかまえて引き据えた。
藤木権之助と広瀬大膳の二人であった。
「言語道断な奴めが」
「お場所がらをわきまえぬか」
と、叱咤して、
「こりゃ平次、いつもの仕事場とはちがうぞ、ゆるし難い狼藉、きょうこそ、その素っ首を打ち落としてやるから立てっ」
襟がみを引摺ると、平次郎はもう痩せ犬のように身を縮めているだけだった。
すると、凛として一方から、
「お待ちなされ」
つと、声がひびいた。
何者が遮るのかと、権之助が振り向いた。
法名を乗念房という尾張守親綱(おわりのかみちかつな)の声だったのである。
権之助は心のうちで、
(なぜ止めるのか)と、問い返すような眼を彼へ向けた。
親綱は、
「上人の御意です」
と、次にいった。
その一言に、誰もみな黙った。
しいんと鳴りをしずめて、眸は上人のほうへ集まっている。
親鸞は、やおら法衣(ころも)のたたずまいを改めて、
「その者を、これへ」
と、さし招いた。