小説 親鸞・乱国篇 唖の世 11月(9)

「いやどうも」会釈も、そこそこ、寺侍たちは、彼方へ駈けて行った。

宗業は、見送って、

「兄上、今の侍どもは、鞍馬寺の者と申しましたな」

「そういうた」

「もしや……」小首をかしげていうのである。

「あの者たちが、見失った御曹子と申すのは、遮那王ではありますまいか」

「遮那王とは」

「義朝の遺子(わすれがたみ)――幼名牛若ともうす稚子です」

「ははあ」

「どうも、そんな気がする」血縁はあらそわれない、血が知らせるのである、宗業は足をとめたまましきりと見まわしていた。

 すると、すぐ後ろの、源頼政の碑のある中山堂の丘に、白い尾花を折り敷いて、にこにこ笑っている稚子(ちご)髷(まげ)の顔が、ちらと見えた。

 

「あっ、居る……」兄の袖を引くと、範綱も、見あげていた。

そこは、さっき、文覚護送の檻車が通った時、たくさん、見物がいた所である。

稚子は、背がひくいので、そこへ登って眺めていたものと思われる。

すぐ、彼のそばの尾花の中に、もう一人、誰かが屈(かが)みこんでいた。

旅商人の砂金売り吉次だった。

何かささやいているらしい。

しかし、遮那王は、吉次のほうへは顔を向けないで、いかにもうつろな眸をしているように、真っすぐに、雲を見ていた。

ただ、時々うなずきながら微笑するのである。

「――疑ぐられてはいけませぬ。はやく、お帰りなさいませ」吉次がいう。

遮那王は、首をふる。

「いいよ」

「でも」

「いいというのに」

「まだ、時機が熟しませぬ。――今日のところは、山へお帰りあって」

「わかったよ」

「では」

「いいと申すに。

ふだん、わしを、うるさく見張ってばかりおるゆえ、あの三人に、すこし、窮命させて、探させてやるのじゃ。

あれ見い、阿呆顔をして、焦れておるわ」並木を、四、五町も先へ行って、寺侍たちは、つかれた顔をして、また、こっちへもどってくる。

それを、おかしげに、遮那王の小さい顎がさして笑う。

やがて、

「やっ、あんな所に」見つけたとみえて、寺侍たちは、わらわらと丘の下へ駈けてきた。

そして、

「遮那王さま!」手を振って、呼びたてる。

吉次は、とっさに、

「ではまた」と、一言のこして、野狐のように、中山堂のうしろへ、隠れこんでしまった。

けろりとした顔で、遮那王は立っていた。

なるほど、十五歳にしては小つぶである。

指で突いたように、顔にはふかい笑靨(えくぼ)がある。

歯が細かくて、味噌ッ歯の質(たち)だった。

なつめのように、くるりとしてよく動く眼は、いかにも、利かん気と、情熱と、そして、やはり源家の家系に生まれた精悍(せいかん)な血潮とを示して、それが、稚子であるために、単純化されて、凡(ただ)の者が何気なく見ては、悪戯(いたずら)ッぽい駄々っ子としか見えないであろうほど、無邪気な眸であった。