それからまた、
「天に口なし、人をもっていわしむ」文覚は、よけいに声を張って、尾いてくる群衆へ、朗々と歌って聞かせた。
宝財永劫の珠ならず
位冠栄衣も何かせん
民の膏血(あぶらち)に灯をともして
奢りの華ぞあやうけれ
明日にしもあれ一あらし
あらじと誰か知るべきや
「こらッ」竹棒は檻車を撲(なぐ)って、
「歌をやめんと、水をかけるぞっ」
「かけろ」文覚は、動じもしない。
「――俺を捕らえて、伊豆へながすなどとは、野に、虎を放つものだ。あわれや、平家の末路は見えたっ」
「走れ」役人は、牛飼へいって、牛を走らせた。
軌(わだち)が、すさまじい地ひびきを立て、そして、漠々(ばくばく)と、黄いろい土ぼこりを、群衆の上へ舞わせた。
「――この夜に、無限の栄華はない。
いわんや、平家においてをや。
民よ、大衆よ、気を落さずに、世の変わるのを待てっ!」
「わあっ」民衆は、どよめいて、
「変れっ、改革(あらた)まれ」発狂したようにさけんだ。
びし、びし、と鞭におわれて、檻車を曳いてゆくまだらの牛は、尾をふって、狂奔してゆく。
文覚は、遠ざかる人々へ、
「おさらば」群衆も、眼に涙をためて、
「おさらば――」埃で、陽が昏(くら)くなった。
「ああ」と、力なく、草いきれのような嘆息(ためいき)が、そこやここに聞こえる。
そして、人々が見聞きしたうわさを持って町の方へ流れて行くと、その間を、例の六波羅童が、しきりと、小賢しい眼をして、罪を嗅いであるく。
「どこへ、お出たのか」
「こっちでもないらしい」三人の寺侍だった。
いちど、鳥居大路へ、群衆と一緒に、もどって行ったが、また引っかえしてきて、
「これだから困る」
「あの御曹子には、まったく、手を焼いてしまう。
外出(そとで)は、禁物だ」誰をさがしているのか、きょろきょろと、走ってきて、
「あいや。
率(そつ)爾(じ)でござるが――」と、並木の下で、ばったりと会った範綱と宗業の兄弟に、少し息をきって、唐突に、たずねた。
「なんですか」宗業は、足をとめた。
「このあたりで、十四、五歳の御曹子を、お見かけになりませんか」
「さ?」兄を、ふりかえって、
「見ましたか」
「いや」範綱が、かぶりを振ると、三名の寺侍は、彼の方を見て、また、言葉の不足をつぎたした。
「――御曹子と申しても、実は、鞍馬寺の預かり稚子でござるゆえ、ちと、身装(みなり)にも、特徴があるし、体は、年ごろよりは小つぶで、一見、きかないお顔をしているのですが」
「知らぬの」兄弟(ふたり)とも、そう答えた。