小説 親鸞・乱国篇 唖の世 11月(10)

「そんな所に、何をしておいでなされましたか」附人(つけびと)の寺侍は、叱るように、丘に仰向いていった。

稚子の遮那王は、

「何もしておりはせん」首を振って、

「おまえ達を、探していたんだ」と、あべこべにいう。

下の者は、呆れ顔をして、

「早く、下りておいでなさい」

「行くぞっ」遮那王は、凧のように、両袖をひろげて、丘の上から姿勢をとって、

「ぶつかっても、知らないぞ――」丘のうえから、鞠(まり)をころがすように、駈け下りてきた。

「あっ――」身をよけるまに、一人の寺侍へ、わざとのように、遮那王は、どんと、ぶつかった。

大きな体かせ仰向けざまに転がった。

小さい遮那王は、それを踏んづけて、彼方£、跳びこえた。

「ハハハハ。ハハハハ」手を打って、笑いこける。

「おろかなお人じゃ。

だから、断っておいたのに」

見向きもしないで、もう、すたすた先へ行く。

――足の迅(はや)さ。

寺侍たちは、息をきって、その小さくて颯爽(さっそう)たる姿を折ってゆくのであった。

宗業は、見送って、

「兄上、やはり、鞍馬寺の牛若でございますな」

「ウム」範綱も呆れ顔であった。

「よう、成人したものだ。

……常磐(ときわ)のふところに抱かれて、ほかの幼い和子たちと、六波羅に捕らわれたといううわさに、京の人々が涙をしぼった平治の昔は、つい昨日のようだが」

「義朝殿に似て、なかなか、暴れンぼらしゅうござります」

「附人も、あれでは、手を焼こう」

「いや、手を焼くのは、附人よりも、やがて六波羅の平家衆ではございますまいか。

伊豆には、兄の頼朝が、もうよい年ごろ」

「しっ……」たしなめるように、範綱は顔を振った。

並木のうしろかを、誰か、通ったからである。

「われらの知ったことではない。

歌人(うたよみ)や文書(ふみかき)には、平家の世であろうが、源氏の世であろうが、春にかわりはなし、秋に変りはなし、いつの世にも、楽しもうと思えば楽しめる」

「けれど」宗業は声をひそめて、

「なんとなく、ぶきみな暴風雨(あらし)が、京洛(みやこ)の花を真っ黒に打ちたたきそうな気がしてなりませぬ、――高雄の文覚がさけんだ予言といい、そちこち、源氏の輩(ともがら)が、何やら動きだした気配といい……」

「いうな」と二度も、たしなめて

「おし になれ。

ものいうことは罪科(つみとが)になるぞ」

「文覚もいいました。おし の世だと」

「……そう」と、範綱は、何か別なことを思い出したように、

「おし といえば、有範の和子、十八公麿は、生まれてからもう半歳にもなるのに、ものをいわぬと、吉光の前が、心をいためているが」

「それは、無理です、半歳の乳のみ児では、ものをいうはずがありません」

「でも、意志で、唇ぐらいは、うごかそう」

「ははは、取越し苦労というものですよ。

吉光の前も、日野の兄君も、余りに愛しすぎるから」