バンコクのカオサン通り、ホーチミンのファングラーオ、そして、コルカタのサダルストリート。
これらは、ゲストハウスやドミトリー(大部屋)といった安宿が軒を連ね、世界中のバックパッカーが集まる街として、旅行者の間では
「三大聖地」
とも呼ばれているところです。
旅人のバイブルとも言える沢木耕太郎の
『深夜特急』
に憧れ、旅に出た方も多いのではないでしょうか。
今回私は、その三大聖地の一つ、コルカタのサダルストリートを訪れる機会を得ました。
多くの旅行者でごった返すカオサンやファングラーオの華やかさとは趣を異にし、ここは不思議なほど物静かで、異種異様な雰囲気さえ漂わせているところでした。
コルカタ到着は夜中の1時。税関を抜けると、ムスッと熱く重たい空気が全身にまとわりついてきました。
怪しく灯るダイダイ色の街灯に映し出された人影のシルエットから、ギョロギョロと泳ぐようなインド人の瞳だけがはっきりと見えていました。
自動ドアの扉が開くと、その動きはピタッと止まり、鋭い視線が一気に突き刺さってきます。
フェンスの向こうで、群がる人たちの手が一斉に挙がりました。
「ヘーィ、ジャーパニィ!」
「タクシー?タクシー?」
「ホテルドコ?」
まさに俺が俺がの大喚声です。
それは例えるならば、まるで市場でのセリが始まったといったところでしょうか。
つまり
「誰が、このジャパニーズを客として落とせるか」
という訳です。
噂に凄いとは聞いていましたが、到着後すぐにやってきたインドでの試練です。
しかし私たちには、幸い空港内で買った「公認」のタクシーチケットがありました。
国の機関によって認められたこの正規のチケットを振りかざせば、いくらインドとはいえ誰もがこれに従わざるを得ないはずです。
ところが…、
「あまい、あまかった…。」
というのが正直なところです。
私たちが動くと、彼らも動きます。
みるみるうちに周りをインド人に包囲されてしまいました。
完全アウェーの中での深夜1時。
そこから、私たちと彼らとの
「値段交渉の戦い」
の火ぶたは切って落とされ、いつの間にか
「公認のタクシーチケット」
は
「ただの紙切れ」
と化していました。
四方八方から、何を言っているのか全く分からないヒンディー語が飛び交い、何故か激しくまくし立てられていました。
それはおそらくこういう内容だったと思われます。
「何でそんなもの(公認のタクシーチケット)を買ったんだ。
俺がもっと安くで乗せてやったのに!」
でも、それって絶対ウソだと思います。
その証拠に
「チケットをよく見せてみろ!」
という仕種をして、何とか公認のチケットを取りあげようとしているのが、その雰囲気でわかりましたから。
そんなやりとり(激闘)が10分ほど経過した頃、
「OK! じゃそのチケットで行ってやるよ」と。
その言葉に、思わず
「このチケット、使えるんじゃねーか!」
一同に、そう日本語でつっこんでいました。
日本では、当たり前に思えることが、ここではなかなか普通に事が進まない…。
到着するなり、早々に受けたインドでの洗礼でした。
こうして、どうにかこちら優位で交渉成立と思ったものの、実はこの時には、これがまだ前半戦であるとは、まだ誰も知るよしもありませんでした。
一人の男が、怪訝そうにしぶしぶと、ようやく自分のタクシーへと歩を進めました。
そして、後に続く私たちはそのタクシーを見て、皆一様に驚愕しました。
何と、そこに停めてあったのは、今すぐにでも殿堂入りしそうな、往年のクラシックカーさながらのタクシーだったのです。
「ちゃんと走るのか?」
正直、そう思いました。
ここからが、いよいよ後半戦のスタートです。
(「インド・コルカタ編」つづく)